【事例】(再掲)
A(父)が死亡し、相続人はX(私)とY(弟)の子供二人のケース。X・Y間で遺産分割協議をし、Aの遺産である甲土地はXが相続することとなったが、相続登記を終えていない状態。ところで、Yには借金がありました。Yに金を貸しているNファイナンスは、甲土地の相続登記が完了していないことに注目し、XやYの代わりにAからXY名義への相続登記を申請したうえで、Yの持分を差し押さえてしまいました。
先行する遺産分割協議で、甲土地はXが相続することとなっていますので、Nファイナンスによる相続登記は無効は?
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(前回の続き)
民法177条では、不動産に関する権利について登記を備えていない者は、他人に対し「自分が権利者である」と主張することができないことを定めています。
このことを法律用語では【対抗要件】とよびます。
事例では、X・Y間の遺産分割協議により甲土地の所有権者となったわけですが、未だ登記を備えていない状態です。
この状態で、Nファイナンスが、前回説明した「代位登記」の手法によってX・Y各2分の1の相続登記を備えたわけです。
ここで、遺産分割協議によりXが相続することになったのに、なぜX・Y共有の登記ができるのかという疑問もあるかと思いますが、X・Y間でどのような遺産分割協議がなされたのかという事実はNファイナンスの預かり知らぬ事実です。
また、相続開始後、相続人間で遺産分割協議が調うまでの間、遺産はすべて法定相続分割合による共有となるとするのが、同じく民法の考え方です。
したがってNファイナンスは、遺産分割協議が調う前の状態である法定相続分割合による、いわば暫定的な状態を登記したことになるわけです。もちろん、このような「代位登記」を誰でも申請できるわけではなく、Nファイナンスのように、甲土地を差押えできるような何らかの債権が存在している必要があることも、前回ご説明のとおりです。
さて、177条に戻りましょう。
Xは、相続により甲土地の所有権という権利を取得しましたが、その登記をしないうちにNファイナンスがX・Y共有の相続登記を申請し、かつYの持分を差し押さえたのですから、登記のないXは、登記を備えたNファイナンスに対し「所有権者は私だ。Y名義の2分の1の相続登記は無効だから、差押えもできない」とは、主張できないようにも思えます。
しかし、現行法では、相続により不動産の権利を取得した場合は、売買や贈与のように他人から権利を取得した場合と異なり、登記を備えていなくても権利の主張ができるものと考えられているのです。
この結論は「相続」の法的性質から導かれます。
「相続」とは、亡くなった方の権利や義務を「包括的に承継」
することと理解されていますが、平たく言えば、遺産に関する亡くなった方の権利や義務は、そのままの状態で相続人に承継されるものとイメージすればよいでしょう。
つまり、甲土地を相続したXは、甲土地の所有権者としては、亡くなった父(A)と同一人物と考えればよいことになるのです。同一人物であるなら、すでにA名義の登記がある以上、これをX名義の登記と読み替えて、X名義の所有権が登記されていると考えればよいということなのです。
したがって現行法では、相続登記を備えていないXが、Nファイナンスに対し「差押えの登記は無効」と主張できるのです。
一方、改正法では、自己の相続分を超える部分については177条の問題と同視するという趣旨の改正が施されます。
すなわち、Nファイナンスの代位登記によるY名義の相続登記は、Xの法定相続分ある2分の1を超える部分ですので、Xがこの部分について所有権の取得をNファイナンスに主張するためには、相続登記を備えていなければならないことになるわけです。
改正法施行後は「相続登記は今まで以上にお早めに!」とアナウンスしなければならない事情を、ご理解いただけたでしょうか? (中里)