遺言や相続の手続きが変わります(9)~勝手に預貯金を引き出された!

複数回にわたって、相続開始後、遺産分割協議成立前に、遺産である預貯金債権について一定条件の下で仮払いが受けられるという、改正法による新たな制度をご説明しました。

ところで、遺産である預貯金の解約・払戻しが受けられるのは、遺産分割協議成立後であるという大原則が改正法によって変更されるわけではありませんので、バックナンバーで説明した仮払い制度は、一定の条件を充足している場合における例外的措置であるとご理解ください。

そうすると、本来であれば仮払いが受けられないケースであるにもかかわらず、相続人の一人が、相続開始後に勝手に預貯金を引き出して使ってしまったようなケースでは、どのように対応すればよいのかが問題となります。

この点、現在の実務では、遺産分割協議の対象となる財産は「相続開始時に存在し、かつ遺産分割協議時ににも存在する遺産」と考えられています。このため、相続開始時には存在していた遺産であっても、その後、相続人の一人が勝手に引き出して使ってしまったため、遺産分割協議時には既に存在していない遺産については、遺産分割協議の対象には含まれません。
この場合、勝手に使ってしまった相続人に対し、他の相続人が不当利得や損害賠償という、遺産分割協議とは別個の請求をすることによって解決を図らなければなりません。
遺産分割の調停や審判は家庭裁判所が管轄しますが、不当利得や損害賠償の調停は簡易裁判所の管轄ですので、遺産分割調停の中で不当利得や損害賠償などの問題を1回的に解決することは、原則としてできないこととなるのです。

しかし、これでは、勝手に引き出されてしまった他の相続人にとっては手間が増えるだけでデメリットしかありません。
そこで改正法は、勝手に引き出して使ってしまった相続人を除く他の相続人全員が同意した場合には、引き出された預貯金が遺産分割協議時にもなお存在するものとみなして、遺産分割の対象となる財産に含めることとしました(改正民法906条2項)。
遺産とみなされることから、家庭裁判所の遺産分割調停による1回的な解決も可能となるわけです。

なお、この規定により、相続開始後遺産分割協議前に遺産を勝手に処分した相続人は、遺産分割における取り分が減少することとなるわけです。    (中里)