信託の基礎(完)

前々回及び前回の続き「後継ぎ遺贈型信託」です。

立案担当者による最初の解釈の方が条文に素直な解釈であると考える方が多いようです。しかし、この考えには問題となりそうな事案があります。以下のような事例です。

事例

「受益者を当初受益者Aの相続人と指定し、信託設定時から30年経過時点の受益者がXYです。Xには相続人としてPQYの相続人としてRSがいます。ここで、XYより先に死亡しました。」

 図12

立案担当者の見解は、30年経過した後の受益権の取得は1回限りというルールでした。したがって、PQは受益権を取得できます。しかし、その後にYが死亡したらRSはどうなるのでしょうか?取得できないのでしょうか?取得できないと解することもできますが、XYの死亡の前後で受益権の取得状況が変わるというのは釈然としません。

この点、もう一つの解釈なら、このような疑問点は生じないのです。

 

もし「後継ぎ遺贈型信託」を検討される方がいらしたら、今申し上げた問題点を認識して取り組んでください。個人的な意見ですが、結論がはっきりしない以上、積極的に取り組む設定方法ではないと思います。

 

さて、回数を数えてはおりませんが「信託の基礎」は、ここらで一旦終了にしたいと思います。もう少し、著しておきたい部分があるのですが(具体的には「受益者」「委託者」「信託の終了」について)自身の考えをもう少しまとめてから、あらためて述べてみたいと思います。(小出)

 

信託の基礎

前回の続きです。

前回は「後継ぎ遺贈信託」の「30年」という期間制限についてお話ししました。もう一度申し上げると、信託設定時から30年を経過した時点よりも後に受益権を取得した者(受益者連続が生じる時に生存している者)がいる場合、その者が死亡するか、または当該受益権が消滅するまで信託が継続する、というというものです。

具体的には、A→B→C→Dという順番で受益者が定められていて、30年経過後にBが死亡した場合、Cは受益権を取得しますが、その後のDには受益権の承継はないことになります。

しかし、上記とは別の解釈も存することを前回予告しました。

もう一つの解釈は、信託設定時から30年経過時点で生存する、受益者となる可能性のある者が全て死亡するか受益権が消滅するまでは信託が継続するという考えです。これは、条文の「現に存する」という文言を重視する考えです。この考えで先ほどの例を見ると、Dは受益権を取得することができるということになります。(小出)

図11

信託の基礎

最後に、信託の設定でよく書籍に登場する「後継ぎ遺贈型信託」について説明します。

まず、信託の設定方法は3種類あると申し上げました。「信託契約」「遺言」「自己信託」です。この中で、現在私たちグループが実務上取り組んだものは「信託契約」が圧倒的多数です。その「信託契約」の中でも、信託特有の財産承継方法として「後継ぎ遺贈型信託」と呼ばれる方法があります。

 図10

これは、例えばAを第1受益者とし、Aが死亡したらBを第2受益者とし、Bが死亡したらCを第3受益者とするといったように、財産の承継を何代も先まで決めることができる方法です。

ただ、承継先を永遠に指定することは問題があるので、期間に制限が設けられております。30年と規定されてますが、これがかなりややこしいです。条文は「・・当該信託がされた時から三十年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間・・」となってます。この条文をこれから説明しますが、その解釈は、実は2種類あるのです。

まず一つ目の解釈は、信託設定時から30年を経過した時点よりも後に受益権を取得した者(受益者連続が生じる時に生存している者)がいる場合、その者が死亡するか、または当該受益権が消滅するまで信託が継続する、という解釈です。これは、立案担当者の見解でもあります。

具体的には、A→B→C→Dという順番で受益者が定められていて、30年経過後にBが死亡した場合、Cは受益権を取得しますが、その後のDには受益権の承継はないという考えです。これは、信託設定時から30年経過した後は、先順位の受益者の死亡による後順位の受益者の受益権の取得は1回限り認めるということを意味しています。(小出)

 

2018年12月19日 | カテゴリー : 信託の基礎 | 投稿者 : trust

信託の基礎

次は分別管理義務です。

分別管理が必要な理由は、信託財産の特定性の確保です。繰り返しますが、信託財産の所有者は受託者です。その受託者は固有財産も所有しています。信託財産の債権者は固有財産を責任財産とすることができました。しかし、固有財産の債権者は信託財産に対して、強制執行等はできなかったわけです。

しかし、固有財産の債権者が、間違って信託財産に強制執行をしてしまう可能性もあるわけです。その場合、受託者又は受益者は「それは信託財産だ」と異議を述べることができますが、信託財産であることを証明しなければなりません。このとき、信託財産が分別管理されていれば証明が容易になります。だから受託者に分別管理義務を課しているということです。

分別管理の方法は、不動産や自動車であれば「登記または登録をする方法」となります。一般の動産は「外形上区別することができる状態で保管する方法」です。債権や金銭は「計算方法を明らかにする方法」となっています。(小出)

2018年12月10日 | カテゴリー : 信託の基礎 | 投稿者 : trust

信託の基礎

次は競合行為です。

競合行為とは、例えば、受託者が信託財産として賃貸マンションを、固有財産としても別の賃貸マンションを所有していたとします。このとき、どちらも空き室があったので賃借人を募集したところ、複数の応募があったとします。この場合、固有財産の賃貸マンションの方から契約を締結してしまうことを競合行為と言います。端的に申し上げると、固有財産と信託財産とが同じ行為について相争う関係を競合行為と考えていただいて結構です。

利益相反同様、このような競合行為は、原則禁止で信託行為に許容の定めを置くことによって行うことができるという規定になっています。

この競合行為について、一つ事例をあげます。図をご覧ください。

図9

 受託者は賃借人との間で、隣接する固有財産・甲土地と信託財産・乙土地を賃料10万円(甲土地6万円・乙土地4万円)とする内容の賃貸借契約を締結しました。数か月後、賃借人から「今月は、苦しいのでとりあえず6万円支払います。」といって6万円を支払いました。この場合、どのように充当するべきなのでしょうか?

多くの方は、単純に債権額に按分して充当すればいいと考えた方がいると思います。その方法が最も公平だと考えるからです。事実、道垣内東大教授の書籍「信託法」228頁にも同様の考え方が示されています。

ところが、沖野東大教授が「条解信託法」251頁で示した考え方は、債権額に按分して充当する方法は競合行為に該当すると主張しています。理由とするところは信託法32条1項です。

 

信託法32条1項

受託者は、受託者として有する権限に基づいて信託事務の処理としてすることができる行為であってこれをしないことが受益者の利益に反するものについては、これを固有財産又は受託者の利害関係人の計算でしてはならない。

 

沖野東大教授は、6万円を回収したならば、乙土地4万円に充当することができるのに、受益者の利益に反して固有財産のために按分充当させることは、条文の「固有財産の計算」に該当するから競合行為であるということです。

道垣内・沖野のどちらが正しいのかという判断をするだけの見識を私は持ち合わせておりませんが、はっきり申し上げることができるのは、実務に当たっては沖野説の考えで進めていくことが安全だということです。つまり、競合行為に該当すると考えて、競合行為の許容の定めを規定することが必要だということです。この事例でいえば、回収額を債権額に按分して充当するという具合になると思います。(小出)

 

2018年11月29日 | カテゴリー : 信託の基礎 | 投稿者 : trust

信託の基礎

前回は、利益相反行為の禁止に関する31条1項について話しました。では、利益相反行為はすべからく禁止かというと2項でその許容を定めています。

図7

1号は信託行為の許容の定め、2号は受益者の承認、3号は包括承継、4号は合理的必要性・受益者の利益・正当理由です。

前回の事例は利益相反行為に該当すると判断しました。そこで31条2項1号の信託行為の許容の定めを信託契約に記載しました。つまり、物上保証ができるようにしたわけです。

これが委託者の要望だったからです(余談ですが、委託者は孫へ贈与の意向があったものの税の関係から断念し、信託設定を選択したものです)。

このように、信託設定・信託契約の段階から携わった場合は、委託者の意向をしっかり汲み取って、利益相反行為に該当する事項があれば、あらかじめ信託契約に反映して31条2項1号の利益相反行為の許容を定めておくことが大事です。これは、登記の方にも影響します。信託登記の後続登記として抵当権設定登記をする際、信託目録に利益相反行為の許容を定めておけば安心して取り組むことができます。絶対に見落としてはいけない条文です。(小出)

 

2018年11月19日 | カテゴリー : 信託の基礎 | 投稿者 : trust

信託の基礎

まず、31条1項に利益相反行為の禁止が定められています。

図7

1号は自己取引、2号は信託財産間取引、3号は双方代理取引、4号は間接取引です。

 ここでは、4号だけ確認します。

「信託財産に属する財産につき固有財産に属する財産のみをもって履行する責任を負う債務に係る債権を被担保債権とする担保権を設定することその他第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるもの」

ここで注目してほしいのは、「利害関係人」という言葉です。この「利害関係人」とは、どの程度の範囲の人をいうのでしょうか?

 

事例を申し上げます。老齢の親が委託者兼受益者、受託者をその子とします。

図8

信託財産の一つに土地がありました。将来、孫が結婚して住宅を建築したいときにこの土地を提供したいと考えています。そうなると、金融機関から借り入れをする際、建物と同時に土地にも担保設定をすることが考えられます。物上保証です。このとき、このお孫さんは「利害関係人」に入るのでしょうか?これは、私が実際に経験した実例です。

実は、利害関係人に関して信託法は定義していません。したがって、これは解釈によるしかありません。そもそも、利益相反関係というものは、売買契約における売主と買主のような関係を指します。このとき、売買代金が上昇すれば、売主は利益に、買主は不利益に、といった関係になります。このように一方の利益が他方の不利益となる関係を禁止しているのは、受託者が「他人のため」に信託財産を所有しているからです。そして、間接取引まで禁止しているのは、利益相反行為の利益が、受託者の利益と同一視できる場合を対象とするからです。以上のような趣旨を考慮すれば、「利害関係人」とは、受託者と利益を共通にする者を指すと解することができます。

このように解釈した場合、具体的にどのような人が「利害関係人」になるのかを例示したものとして、アメリカ統一信託法典が参考になります。

これには、

・受託者の配偶者

・受託者の子孫・兄弟姉妹・親、またはそれぞれの配偶者

・受託者の代理人または弁護士

・受託者または受託者につき重要な利益を有する人が、受託者による最善の判断を下す際に影響を与える可能性をもつ利害関係にある法人その他の人または事業体

 

と規定されてます。もちろん、規定のあり方が異なりますので、そのまま日本の信託法に取り入れることはできないと思いますが、一つの参考になると思います。

私も、この規定を参考に孫を利害関係人と判断しました。したがって、孫を債務者とした物上保証は、利益相反行為の禁止によりできないことになります。(小出)

 

信託の基礎

今回から、受託者について話します。信託法においては、信託財産と並んで受託者は必要不可欠な機関となっています。他の機関について一言申し上げますと、委託者は信託設定の段階では重要な役割を果たしますが、遺言信託のように信託が機能してからは存在しない場合もあります。受益者も「目的信託」という特殊な信託では、受益者が存在しません。しかし、信託財産と受託者は信託においては絶対に必要です。この点を最初に確認しておきます。

受託者は、信託財産について完全な所有権を有しています。しかし、これは「信託の目的」に沿った管理・運用・処分を行う義務を負う、特殊な所有形態でした。なぜなら、受託者は「他人(受益者)のため」に信託財産を所有しているからでした。この「他人(受益者)のため」を実現させるため、信託法は受託者の義務というものを用意しました。主なもので5つあります。

・信託事務遂行義務(29条1項)

・善管注意義務(29条2項)

・忠実義務(30条~32条)

・公平義務(33条)

・分別管理義務(34条) 

です。ここに挙げられた条文は必ずご確認いただきたいのですが、この中でも特に重要な忠実義務についてみていきます。その後、分別管理義務についても話してみたいと思います。

忠実義務は30条に定められていますが、この忠実義務から導かれた31条の利益相反行為と32条の競合行為が、信託契約の作成や信託登記における信託目録において非常に重要となりますので、次回、この2つを確認したいと思います。(小出)

 

2018年10月24日 | カテゴリー : 信託の基礎 | 投稿者 : trust

信託の基礎

図6

問題は、②の受益権取得を遺留分侵害行為ととらえる説です。「受益権」が遺留分侵害行為の目的物となりますから、遺留分権利者は「受益権」の持分を取得することになります。これは、遺留分権利者が受益者になるということを意味します。したがって、信託設定時に予定していなかった者が、信託関係者として信託に参加していくことになります。そうなると、信託の運営に支障を生ずる可能性があります。なぜなら、受益者はさまざまな監督権を有しているため、信託の運営に対して口を挟むことなどが考えられるからです。前回、説明したような委託者と受益者の合意による終了も、遺留分権利者たる受益者が応じない可能性があります。

よく「信託には遺留分に配慮せよ。」という言葉を耳にしますが、前回の①説を採るならば、それほど遺留分を意識する必要はないと個人的には考えております。なぜなら、遺留分減殺請求の結果、信託設定時に予定されていた信託関係者だけで信託を続けるのか、それともやめるのかの合意をすればよいからです。このことは、信託の設定者である委託者としては、納得のいく範囲ではないかと思われます。しかし、②説は違います。予定外の人が信託に参加した結果、信託の運営方法または終了について信託設定者の想いとは離れた人(遺留分権利者)の意向を伺う事態が生じてしまうのです。

遺留分減殺請求によって、信託財産が目減りすることは問題かもしれません。信託が終了してしまうことも問題かもしれません。しかし、もっと大きな問題は予定外の人が参入して、問題を抱え続けることではないかと私は考えます。

「信託には遺留分に配慮せよ。」という言葉の裏には、このようなリスクが存在することを認識しておいてください。

なお、①説と②説のいずれを採用すべきかについては、現段階で結論は出ていません。通説と呼ばれる段階にも達していないと私は理解しています。しかし、主流は残念ながら②説です。理論的にも②説が自然ですし、私も②説であると考えております。理論構成については、時間が許せば後ほどお話ししたいと思います。今は、この辺で区切りをつけます。(小出)

 

2018年10月16日 | カテゴリー : 信託の基礎 | 投稿者 : trust

信託の基礎

(本稿は、現時点で施行されている法に基づき、遺留分侵害行為については価額賠償ができないことを前提とします。)

 信託設定が遺留分侵害行為ととらえる①説によると、遺留分侵害行為の目的物は「信託財産」となりますから、遺留分権利者は「信託財産」の持分を取得することになります。

図5 

このとき、「信託財産」が可分であれば、持分に相当する「信託財産」を引き渡して、残りの「信託財産」で信託を運営することになります。信託の運営に「信託財産」が不足している状況ならば、委託者と受益者の合意という信託法のデフォルト・ルールにより信託を終了させることができます。

「信託財産」が不可分であれば、共有状態となるため、受託者の管理・処分権限に影響を与えることになります。この場合は、19条によって分割請求をすることになると思われますが、結論は先ほどと同様、分割請求後は信託を継続するか終了するかのどちらかになると思われます。

仮に信託が終了しても、別の財産を追加するなどして、あらためて信託を設定すればいいわけですから、信託設定を遺留分侵害行為ととらえる①説なら、未来に向けての行動がとりやすいと思います。(小出)