公開討論をしましょう!

相続法改正は1回お休み。

新件の信託契約書を起案していた際に「叶」のメンバーから次のような指摘を受けました。

指摘を受けた条項は次の条項。
【委託者が死亡した場合、委託者の権利は消滅し、その地位は相続しないものとする。】

条項自体はしばしば目にするものですし、「叶」で起案したモデル契約書にも同文の規定が存在していますが、今回の指摘はこの条項を
【委託者が死亡した場合、委託者の権利は消滅する。】
と修正すべき、というものでした。

説明を受けた時にはなんとなくわかった気になったのですが、今、このブログを書いていても釈然としません。

そこで、この論点を読者の皆さんにもご理解いただくため、ネット上での公開討論をしようと思います。
このブログにはコメントが付くことはほぼありませんので、にぎやかしという意味も込め、まずはご指摘いただいた名波さん、本木さんから、コメント欄に問題の所在を指摘してもらえませんか!

読者の皆さんの参戦もお待ちしています!!  (中里)

民事信託の会計年度

先日、ある方が作成した民事信託の契約書(案)を拝見する機会がありました。

その契約書(案)には、信託の会計年度の記載がなかったのです。

私は、即、違和感を覚えました。でも、よく考えてみると、当たり前のように定めている民事信託の会計年度は、そもそも必要なのでしょうか。

どうも一般の民事信託には、会計年度の定めはないようです。

一方で、受託者は、毎年1回、一定の時期に、貸借対照表、損益計算書などを作成し、受益者に報告することになっています。そういう意味においては、会計年度を定めることは必然と考えます。

他の人が作成した契約書等を拝見することは、自分の中では当たり前になっていたことをあらためて考える良い機会になります。(名波)

2019年5月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : trust

米炊き

最近、米炊きについて、炊飯器に頼らずに、お釜や飯ごうで炊くことにハマっています。

私の母親はお釜で米を炊いていますが、私自身は、自宅では炊飯器でしか炊いたことがありませんでした。もっとも、学生時代の自転車旅行等の野外活動では飯ごうで炊いてはいました。

最近、私の友人が、キャンプを経験したことがないのでやってみたい、ということを言ってきました。それでは今年の夏はキャンプをやりましょう、しかし、いきなりキャンプ場だと大変だから、と、練習も込めて、友人の自宅の庭で、米を自炊し、テントの寝袋で寝ることをやってみました。

その練習のための練習で、私は、飯ごうを新たに購入し、米炊きの練習をしました。

飯ごうでの米炊きはいろいろな方法がありますが、オーソドックスなやり方としては、次のとおりです。

①下準備として、磨いだ米を30分以上浸しておく

②①の米を火にかける。強火で一気に沸騰させる。

③沸騰すると水がこぼれるので、その後、一定時間弱火にかける。

特に経験による差が出るのは③だと思います。弱火の火加減、火にかける時間は、特に飯ごうの場合には経験が必要になると思います。慣れないときは、飯ごうの蓋に手を当てて、米が「おどる」様子を感じとることも有効です。

 

で、何故このようなことを書いたかというと、ふっと、仕事の進め方もこれに似たものがあるな、と思ったからです。

ある仕事を受けたとき、まず、一気に形にする(初稿)を作ることが大事だな(上記の②に対応)、と思います。その後、時間をかけて少しづつ修正する(上記の③に対応)。

人間の行動の方針というものは、突然の化学変化によって生じるものは少なく、多くは、日常のありふれたことが参考にして生まれるのかな、と思ったこの週末でした。(本木敦)

2019年5月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : trust

本日は・・・相続放棄について

本日は、【認知症】は一休みして、備忘録の意味も込めて「相続放棄」を記します。

相続放棄について条文は「.相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。」と規定してます。大事な点は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意味です。これは、「被相続人死亡の事実+自らが相続人である事実」を認識した時、という意味です。ここから「3か月以内」なら相続放棄ができる、ということになります。

先日、この要件に照らすと「3か月」をゆうに超えている方がご相談に来ました。特段、負債があるようでもないらしいのですが、被相続人は事業を行っていたことから「連帯保証人」になっているかもしれない、だから相続放棄をしたいということでした。

判例は、「被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時」から3か月以内なら相続放棄できる可能性を示唆しています。しかし、今回のご相談者は被相続人の家にも住んでいたことがあるため、被相続人に財産が無かったと信じるには難しい状況でした。

しかし、依頼者の話を伺うと判例の要件に当てはまる可能性があると考えました。とにかく、家庭裁判所に相続放棄の申述を行いました。先日、依頼者から「照会状が届きました。」という連絡をいただきました。まだ、結論はでてませんが、もしかしたら・・・(小出)

2019年5月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : trust

こば紀行#92 横浜散策②~港の見える丘公園ほか

このコーナーでは、浜松から日帰りで行けるプチ観光スポットをご紹介しています。

第92回目は横浜散策②

中華街を南下し、元町を経由して外人墓地を横目に坂道を上ると港の見える丘公園にたどり着く。この坂道を上っていると横浜がどれだけアップダウンの激しい街なのかを実感する。ぜーぜー息を切らせながら坂道を歩いた甲斐あって、この小高い丘の上にある公園からはその名のとおり、横浜港やベイブリッジを一望できる。残念ながら、当日は薄曇りのため大した絶景ではないが、夜間にカップルで来ればどんなバカップルでもそれなりの雰囲気になることは間違いない。だが、今回はただのこば紀行である。

港の見える丘公園からは遊歩道が延びていて、そのまま歩みを進めるとマリンタワー、山下公園を通過する。ここも四季折々の花々が咲き誇り、海を見ながらベンチに腰かけて佇んだりできる。もっとも、人が多すぎて座れるベンチもないのだが、歩いているだけで気持ちは昂る。夜間にカップルで来ればどんなバカップルでもそれなりの雰囲気になることは間違いない。ただ、おっさんの一人歩きだとこれ程辛いスポットもなかなかない。

遊歩道はさらに続く。大さん橋の客船ターミナルを過ぎると、横浜を象徴する建造物と言っていいであろう赤レンガ倉庫が眼前に現れる。その昔、サングラスをかけたおっさん二人がエンディングでこの倉庫前を走り抜ける刑事ドラマにハマっていたが、今は当時の倉庫を改装し赤レンガパークとして整備されている。横浜に住んでいる知人が、休日はとりあえずここに来れば退屈しないと言うほど毎週のようにイベントが開催されている。新港埠頭と呼ばれた一帯は、赤レンガパークはじめ、ワールドポーターズ、カップヌードルミュージアム、コスモワールドなど横浜でも屈指の観光地区となっている。因みに私が最も好きな光景は、夜間のコスモクロック(コスモワールドの大観覧車)で、まるでクイズタイムショックの時計台を連想させる輝きを放っている。

この後さらに歩みを進めれば、汽車道、日本丸メモリアルパーク、桜木町駅前、ランドマークタワー、クイーンズスクエアと続くのだが、これ以上のこば紀行は虚しくなるばかりなので以下、割愛する。(こば紀行横浜編、完)

2019年5月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : trust

隣地との権利関係

最近、隣地にお住まいの方との土地をめぐっての相談をよくいただきます。

内容としては、『お隣さんが所有している土地が公道に面していないので、自分(相談者)の土地を通行しないとお隣さんは自分の家に入れない。仲が悪いわけではないし、お隣さんが通行しても困らないので自分(相談者)は通行を許可した。ただ最近はお隣との付き合いもないし、当たり前のように自分(相談者)の土地を使用されて嫌だ。土地を処分したいと思っているが、お隣さんとトラブルになるかもしれない』というようなものです。

逆に、相談者の方が土地を借りている方で、『隣地の方の土地をずっと好意で使わせてもらっているが、隣地の方が高齢になりいつまで好意で借りれるか分からない。使えなくなってしまうと自分が住めなくなってしまうので、何とか権利関係をはっきりさせたい』というような相談もあります。

 

いずれの場合も、貸主が好意で使用を認めている状態であり、借主は、貸主が「今後は使用しないで」といえば使用できなくなってしまう非常に弱い立場です。

しかし、借主の方にとってみれば、その土地が使えなければ現実的には自宅を使用できないということになりかません。

しかし、土地の貸し借りをし始めた当初は、「お隣さんだから気にしない」「助け合いのが当然」という昔ながらのご近所付き合いの考え方が強かったり、日用品の貸し借りの延長であまり深く考えずにやった方が多く、今になって曖昧な権利関係に悩まれているようです。

 

司法書士としては、相談者と隣地の方の関係性やその土地や周辺の状況により、いくつかの解決策をご提案することができます。しかし、その解決策を基に、実際に隣地の方と交渉していただいたものの、理解が得られず解決できない場合もあります。

 

不動産の権利関係はその土地の利用価値を決める大切な要素です。安易に考えず、専門家に相談し、手続きをしておくことをお勧めします。

2019年5月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : trust

遺言や相続の手続きが変わります(14)~貸金債権の相続①

「他界した父が友人に300万円を貸していた」というケースを想定してください。相続人は妻と子①・子②の3名とします。

この場合の亡父から友人に対する「300万円の貸金債権」も相続人に承継されます。したがって、亡父の相続人3名は、父の死亡後であっても借主である友人に対し「金を返せ!」と請求できることになるわけです。

では、3名の相続人は、それぞれいくらの請求ができるでしょうか?「貸した金は300万円だから、相続人のうちの誰でも300万円全額の請求ができる!」と思いがちですが、そう単純にはいきません。
『相続の対象となった貸金債権は、相続開始(=このケースでは「父の死亡」)と同時に各相続人に法定相続分に応じて当然に分割されて帰属する』というのが、最高裁の考え方なのです(最高裁昭和29年4月8日判決)。
『法定相続分に応じて』なので、妻は150万円、子①・子②はそれぞれ75万円の貸金債権を相続することになります。
『当然に分割されて帰属する』というのは「遺産分割協議の対象にすらならない」ということを意味します。つまり、不動産のように遺産分割協議によって相続人の内のだれか一人(あるいは複数人)に相続させることができるのではなく、このケースの300万円は父の死亡によって直ちに150万円・75万円・75万円に振り分けられることになるわけです。

したがって、妻が父の友人に対し請求できるのは150万円だけであり、父の友人は、妻に対し150万円さえ支払えば、妻との関係では債権債務関係が精算されたことになるわけです。
妻が、3名分をまとめて300万円請求すること自体は可能ですが、この場合、子①→妻・子②→妻の75万円ずつの「債権譲渡」があったか、あるいは「取立て委任」(代わりに回収して!)という契約があったかのいずれかとなりますし、この場合に300万円の請求を受けた友人は、妻に対し「150万円以上は支払えない」と拒むことは許されます。

もっとも、相続人全員が「貸金債権も遺産分割の対象にしよう!」と合意したうえで、有効な遺産分割協議によって妻が一人で300万円を相続したとすること自体は、過去の裁判例でも認められています(京都地裁平成20年4月24日判決)。

また、子①→妻・子②→妻の75万円ずつの「債権譲渡」について有効な対抗要件を具備している場合も、妻が一人で300万円全額を請求できることになり、友人はこれを拒めません。
(債権譲渡の対抗要件については、改正論点となりますので次回詳しくご説明します)   中里

父と兄の共有の建物(土地は父名義)に父が住んでいる場合の財産管理

例えば、父と兄が共有の建物(土地は父名義)に父が住んでいる場合で、父からすると娘、兄からすると妹にあたる方から財産管理の相談がある場合、父の財産についての民事信託や成年後見制度の活用を真っ先に考えるのが通常だと思います。でも、私は、将来的に財産管理上課題がでてくるのは兄の名義の方であると思います。

相談者からすると、父が認知症になったり、認知症が進んだ場合に、施設に入所するための資金を土地や建物を売却できるか否かで頭がいっぱいです。兄の名義はそんなに気になっていません。しかも、兄が協力的であればなおさら、兄の名義のことについては考えることは少ないと思います。

よく考えてみると、父の方は、施設入所の目的であれば父の生活を支えるためですので、成年後見制度でも裁判所の許可を得れば土地や建物(父名義)の売却できると思います。

では、そのときに兄が交通事故や病気で寝たきりになっていたらどうでしょう。兄にも成年後見人を選任する必要がでてくると思いますが、不動産の売却の目的はあくまでも父の施設入所のためです。とすると、兄の後見人としては、兄の持分の売却には慎重にならざるを得ません。また、兄が他界した場合には、兄の相続人に売却のお願いをする必要がでてきます。

そこで、一つの選択肢として、考えられるのが、兄の名義をあらかじめ信託してもらうということです。

民事信託の活用も慎重に考える必要はありますが、いろいろなことを検討する中で、民事信託の活用できそうな場面というのが登場することがあります。(名波)

2019年5月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : trust

影響を受けた名言(2)

カラマーゾフの兄弟 ドストエフスキー 新潮文庫 上419~420頁
「常に肝に銘じておくのだよ」パイーシイ神父は何の前置きもなく、単刀直入にこう切り出した。「俗世の学問は、一つの大きな力に結集し、それも特に今世紀に入ってから、神の授けてくださった聖なる書物に約束されていることを、すべて検討しつくしてしまったため、俗世の学者たちの冷酷な分析の結果、かつて神聖とされていたものは今やまるきり何一つ残っていないのだ。しかし、彼らは部分部分を検討して、全体を見落としているので、その盲目ぶりたるや呆れるほどだよ。全体は以前と同じように目の前にびくともせずに立ちはだかっているというのに、地獄の門もそれを征服できんのだからのう。はたしてこの全体が十九世紀間にわたって生きつづけてこなかっただろうか、今も個々の心の動きの中に、大衆の動きの中に生きつづけているのではないかね?すべてを破壊しつくした、ほかならぬ無神論者たちの心の動きの中にも、それは以前と同じように、びくともせずに生きつづけているのだよ!なぜなら、キリスト教を否定し、キリスト教に対して反乱を起こしている人たちも、その本質においては、当のキリストと同じ外貌をし、同じような人間にとどまっておるのだからの。いまだに彼らの叡知も、心の情熱も、その昔、キリストの示された姿より、さらに人間とその尊厳にふさわしいような立派な姿を創出することができないのだからな。かりにその試みがあったにせよ、できあがるのは奇形ばかりなのだ。このことを特に肝に銘じておくんだね、お前はまさに他界なさろうとしている長老さまによって、俗界におもむくよう定められたのだからの。おそらく、この偉大な日を思い出すことによって、わたしが心からのはなむけとして送ったこの言葉も忘れずにいられるだろう。なにぶん若いし、俗世の誘惑はきついので、お前の力だけでは堪えぬけないだろうからな。さ、それでは行っておいで、みなし児よ」

 

カラマーゾフの兄弟は、20歳台に読破した。ドストエフスキーだと、「罪と罰」は大変興味深く読んだのであるが、カラマーゾフの兄弟は、とても難しかった。しかし、上記の文章を読んで思ったことは、壁を苦労してよじ登るか、新しい壁を作るか、ということである。

2019年5月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : trust

認知症

元号が平成から令和へと移りました。元号が変わる瞬間、皆さんはどこで誰と過ごしていましたか。ニュースでは、渋谷のスクランブル交差点で若者たちが騒いでいる様子が映し出されていました。友人同士で馬鹿騒ぎできるのも若さの特権でしょう!寛容に見ることができる部分は寛容に構えたいと思っています。

このように、私たちは時間(平成から令和へ)や場所(渋谷のスクランブル交差点)や人(友人同士)に対して正しい認識を持つことができます。このような認識を「見当識」といいます。この見当識に障害が生ずると「今がいつで、ここはどこで、あの人は誰か」ということが分からなくなってしまいます。認知症による見当識障害は、時間・場所・人の順で現れることが多いそうです。

時間は、最初に日付に関して症状が現れるようです。認知症が進行すると、5月なのに12月と答えたり、初夏なのに真冬と答えたりするように、季節までも間違えてしまうようになります。

場所は、慣れない場所で迷うことから始まるようです。進行すると、自分が今いる場所がどこなのか、なんのためにそこにいるのか分からなくなるため、病院で診察を受けていても自宅にいると答えるようになってしまいます。

さらに、自宅でも迷ってしまって、目の前にいる家族の顔を見ても分からず、初めて会った人に対するような挨拶をしてしまう、これが人に対する見当識障害です。認知症には、このような障害もあります。(小出)

2019年5月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : trust