これまで、他の相続人の同意がなくても、一定の範囲内の預貯金債権について金融機関から仮払いが受けられるようになることをご説明した。
しかし、この制度が利用して仮払いを受けられる金額には上限がありますし、そもそも制度の主な目的が遺産分割協議が成立するまでの急な資金需要に対応することにあるため、高額な仮払い請求には対応できません。
しかし、相続人間の遺産分割協議が難航するようなケースでは、数年間にわたって調停や審判が係属することも、実は珍しくありません。このような場合に、たとえば遺産の一部を子供の進学費用に充てることを目論んでいたようなケースでは、資金繰りに支障が生じてしまいます。
このような場合、改正法では、家庭裁判所に対し遺産分割調停の申立てをし、あわせて預貯金仮払いの保全処分を申し立てる方法が用意されています(改正家事事件手続法200条3項)。
この申立てが認められるためには、相続人の生活費の支弁や相続債務の弁済のために必要であることを疎明しなければなりません。また、他の相続人の利益を害さないことも要件とされています。「他の相続人の利益を害さない」とは、仮払いを請求する相続人の法定相続分相当額を超過する仮払いは、原則として認められないという意味です。
また、遺産分割調停や審判が係属することを前提とする保全処分となります。すでに調停や審判が進行している場合であれば問題なく利用できますが、まだ申立てをしていない場合、仮払いの保全処分申立てと同時に遺産分割調停の申立てをする必要がある点にも、ご注意ください。
なお、改正民法909条の2の仮払い制度と異なり、遺産の一部分割とみなされる規定はありません。したがって、遺産分割調停や審判では、保全処分によって仮払いを受けた預貯金分も含めた遺産分割が行われる点にもご注意ください。 (中里)