報酬(12)

11回に亘り、司法書士業務の性質という観点から民事信託に関する司法書士が提供する事務作業を分析し、その対価としての報酬規定の妥当性を検討してきましたが、どのような構成を取ったとしても「信託財産の●%」という報酬規定は、対価均衡性を欠くというのが私見としての結論となりました。

ところで、再三にわたって「対価均衡性」という指摘をしてきましたが、報酬における対価均衡性の観点は、私たち司法書士にとっては実はとても重要な問題なんです。信託から少し横にそれますが、このことを一つの裁判例を取り上げてご紹介したいと思います。

この裁判例は、貸金業者に対し140万円超の過払金があることが判明した個人が、司法書士に対し返還請求のための裁判の依頼をしたことに関するものです。
「過払金」については、最近はよくテレビCMなんかでも話題になっていますので、ここでは説明を省略して先に進めます。

140万円超の請求ですので、この司法書士に代理権はなく「あなたにお任せ!」式の受任はできませんよね。
この場合司法書士は、過払金返還請求訴訟という裁判の「訴状」を作成して裁判所に提出することができます。また、相手方からの反論に対し「準備書面」を作成して裁判所に提出することもできます。そのほかにも、裁判の進行にしたがって提出すべき必要書類の作成と提出ができます。
しかし、これらの書類を作成する際にも「司法書士にお任せ!」ではダメなのです。つまり、どんな裁判にするのか、どんな反論をするのか、法的な構成をどうするのか、どんな証拠を用意するのかなどのさまざまな論点は、司法書士の側から「これでいきます!」「これで大丈夫」と決定することはできず、依頼者から「こういう書類を作成してください」という具体的な書類作成の依頼があって初めて作成すべき書類の内容が確定することになるのです。
とは言っても、依頼者が法的な情報をすべて理解しているわけではもちろんありませんので、前提として司法書士からいくつかの具体的な選択肢が提示されたうえで、依頼者が「これでお願いします」という決定をすることになります。これが【個別受任事案】としての「書類作成業務」の限界とも言えます。

もう少し噛み砕くと、【包括受任事案】では、考えられる選択肢がA・B・Cと三つある場合に、司法書士がその中から「最適なものはAである」と選択できます。【包括受任事案】における司法書士への依頼事項の中心は「どれだけの利益を獲得できるか」にあります(故に、報酬の対価も「獲得した利益」であり、これが成功報酬制の根拠となりますね)。
仮に、依頼者がBを希望しても、その選択が依頼の中心である「最大利益の獲得」に適っていないと司法書士が判断すれば、依頼者の意に反してAを選択することも理論的には成り立ちます。

一方、【個別受任事案】では、考えられる選択肢がA・B・Cとある場合、まずは司法書士から依頼者に対してA・B・Cのそれぞれの選択肢についてその概要や長短所を説明したうえで、依頼者自身がいずれかを選択する必要があります。
【個別受任事案】における司法書士への依頼事項は「書類作成」ですから(故に、報酬も書類作成に対する対価であって、成功報酬制は認められないわけでしたね)、司法書士としてはAが最適であると考えている場合でも、依頼者がBを選択した場合には、司法書士はその決定に拘束されることになるわけです(続く)。   (中里)

2018年7月30日 | カテゴリー : 報酬 | 投稿者 : trust