ゴートゥカトマンズ(3)

2000年3月の上海は今とは違ったと思う。

外灘は現在のような近代的なものではなかった。豫園商城では小籠包を食しながら歩いたと思う。小籠包の売店では,年頃の女性が働いていた。家族経営なのだろうか,表情は明るかった。これだけ観光客が集まってくれば,売れないことはないだろう。作れば売れる。儲かる。忙しそうだった。

中国は当然のことながら外国であり,言葉の壁はあった。英語は殆ど通じない。一部の大卒の方だけが英語で会話できるという感じ。私も英語は得意ではなかったが,中国人も私も英語は話し言葉で会話するので,まだ意思疎通し易かった。片方がネイティブだと省略形だったり,訛りがあり聞き取ることができないからだ。もっとも,中国人と会話するときは最後は筆談ができ,漢字を示すとだいたい意味が分かる。やはり漢字は便利だと感じた。

NTは大学で中国語を履修しており片言の言葉を教えてもらったが,一番役に立ったのはやはり,「ツーソーツァイナール」であろう。

便所はどこにあるかという意味なのだが,当時の中国のトイレは探すのがとても大変だった。有料でもあるので財布は必須だった。

トイレはそんなに綺麗ではなかったが十分に用は足せた。

実は私は上海が初めての異国の地だった。初めての外国。気分は高揚していた。

(続く)文責本木敦