(前回の話)
静岡県立子ども病院に戻ったBは、そこでバイクを運転していた少年とその父親に会いました。少年は父親と共に、BとC(妻)の前で土下座をしました。
「この度は、大変申し訳ございませんでした。」
この言葉を聞いて、Bは次のように言ったそうです。
「君は、今、学生か?」
すると、少年は、
「はい、今年の4月から福祉系の大学に進みました。でも、今回のことで学校を辞めて働きます。そして、一生をかけて娘さんのために償います。」
ガラス越しから見えるD子ちゃんの様子から察したのか、それとも、病院関係者から聞いたのか分かりませんが、D子ちゃんに後遺症が残るであろうことを、少年は悟っているようでした。
Bは続けて次のように言いました。
「君は、なぜ福祉系の学校に進学したんだ?」
少年は、土下座をしたまま答えました。
「将来、福祉系の仕事に勤めたいと考えたからです。でも…。」
少年がしたことは、土下座をして学校を辞めれば許されるというものでは到底ありません。
普通なら、少年に対して怒りをぶつけるか、さもなくば、その場から立ち去るよう言うでしょう。私がBの立場なら、拳(こぶし)を振り上げてたかもしれません。
しかし、Bはそのような態度を示しませんでした。なぜなら、BはD子ちゃんの父親であると同時に、教育現場に携(たずさ)わる「教師」という側面も有していたからです。
Bは大学卒業後、Bなりの信念を持って教育現場に飛び込んでいきました。ちょうど、目の前の少年と同じような年代の少年少女と日々携わってきました。ときには、卒業生が就職した職場に、お客さんとして、それとなく様子を見に行くことあると言ってました。
今まで、若者が未来に巣立っていくさまを見てきたBにとって、自らの将来を閉じ込めようとする少年を目の当たりにしたとき、何かしらの想いがあったのでしょう。Bは少年に対して次のように言いました。
「君が福祉の仕事を目指しているのなら、絶対に大学を辞めてはいけない。ちゃんと、大学を卒業しなさい。君がどうしても詫びたいと言うのなら、福祉の仕事について、社会に役立つ人間になりなさい。それが、D子や私に対するお詫びだと思って頑張りなさい。」
その言葉を聞いて、少年は泣き崩れたそうです。その場いた少年の父親や、Bの妻であるCも涙を流したそうです。(続く)(小出)