(前回の話)
そこから数年後、Aから次のような連絡が入りました。「俺、来月で会社辞めるよ。」
メールでのやり取りの中で、地元の友人たちは、歓迎ムード一色でしたが、私は、今後の彼の再就職を考えると、非常に心配でした。
なぜなら、当時の社会状況は、とても不景気だったからです。実際、私が勤めていた会社も倒産処理に向けて準備を進めていましたし、出張で名古屋に行ったときには、いたるところでブルーシートを敷き詰めた浮浪者たちが生活している光景を目の当たりにもしました。
私は、Aに考え直してもらうよう、直接、電話を入れました。私の考えをAに伝えると「小出、ありがとう。」と言い、「実はな…」と話を続けました。
Aが会社を辞める理由は、前回のお話でも紹介しましたが、地元に戻りたいとの思いがありました。しかし、決断した理由は、Aの父が癌を患ったからでした。余命も宣告されたため、父親を看取りたいのと同時に、付き添っている母親が心配であるとのことでした。Aは三人兄弟の末っ子ですが、上の二人のうち一人は県外で、もう一人は県内ですが地元から離れていて、ともに家庭を築いて自宅を構えていました。対してAは当時独身で、アパート暮らしであったので、Aだけが動ける状況だったのです。
Aが地元に帰ってきてからは、よく遊びました。テニスサークルを作ったりして、外部の人間とも交流しました。これは、Aに看病疲れが出ないよう、気分転換の時間を過ごしてほしいと、私なりの思いがありました。
地元に戻って1年半後、Aから訃報のメールが届きました。通夜に伺うと、Aは晴れやかな表情で出迎えてくれました。私は「看取れたか?」と尋ねると、Aは「しっかり最後を看取ったよ。」と答えました。私は、彼が地元に戻った想いが叶ったことに、通夜であるにもかかわらず、不思議と安堵感を覚えました。
その後、Aは無事、再就職することができました。そこから普段通りの日常が過ぎ、Aが再就職して、最初のゴールデンウィークを迎えようとしてました。私は、何気なくテレビを見てると、夜の8時54分ごろの地元のニュースから、C子とDちゃんの名前が聞こえました。C子とDちゃんは、私とAの親友であるBの妻(C子)とその子(Dちゃん:当時2歳)でした。そのニュースが終わると、携帯にはAからの着信が鳴りました。携帯に出ると、Aにしては珍しく慌てた口調で叫んでました。「小出、ニュース見たか?」(続く)(小出)