遺言や相続の手続きが変わります(3)~配偶者居住権③

前回「所有権を相続するよりも配偶者居住権を取得したほうが資産的価値は低い」と書きました。
税務上、相続に伴う建物の評価額は「固定資産評価額と同額」と定められています(財産評価基本通達89)。これをベースに、配偶者居住権の算定方法について以下のような計算方法が示されていますので、ご参照ください。

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① 建物の評価額(=固定資産評価額)
= ② 配偶者居住権付き所有権の価額(※1)+  ③ 配偶者居住権の価額

② 配偶者居住権付き所有権の価額
= ① 固定資産評価額 ×
{法定耐用年数(※2) -(経過年数 + 存続年数(※3))} ÷
(法定耐用年数 - 経過年数) × ライプニッツ係数(※4)

③ 配偶者居住権の価額
= ① 固定資産評価額 - ② 配偶者居住権付き所有権の価額

※1 計算の結果がマイナスの場合、0円
※2 木造の住宅用建物は22年、鉄筋コンクリート造の住宅用建物は47年(原価少額資産の耐用年数等に関する省令(S40.3.31大蔵省令第15号))
※3 配偶者居住権を設定した年数のこと。「終身」の場合は、簡易生命表記載の平均余命の値を用います。厚労省のウェブサイトで確認できます。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life17/index.html
※4 近く施行される債権法改正によって数字が変わるため、以下では現行法の値と改正後の値を並べておきます。
現行法  債権法改正後
5年  0.784    0.863
10年  0.614    0.744
15年  0.481    0.642
20年  0.377    0.554
なお、ライプニッツ係数の詳細は、ウィキペディアに譲ります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%84%E4%BF%82%E6%95%B0
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要は「②の計算をして得られた額を固定資産評価額から控除した金額」ということですね。

鉄筋コンクリート造りのマンションに居住。
固定資産評価額は2000万円で、築後25年が経過。
夫に先立たれた妻は現在70歳で、終身の配偶者居住権を設定。
以上の条件で配偶者居住権を評価してみましょう。
簡易生命表によれば、70歳女性の平均余命は20.03年ですので、ここでは現行法の20年のライプニッツ係数を用いましょう。

47年 -(25年 + 20.03年)
2000万円 × ――――――――――――――  ×  0.377 =  675,172円
47年 - 25年

となります。これが、相続開始時におけるこのマンションの配偶者居住権付き所有権の評価額となりますので、配偶者居住権の評価額は・・・

2000万円  -  675,172円  ≒  1930万円

となります。「配偶者居住権の方が安い」とは言っても、実際に計算してみると条件にもよるでしょうがあまり大きな差にはならないのかもしれませんね。  (中里)

2018年12月26日 | カテゴリー : 相続法改正 | 投稿者 : trust

遺言や相続の手続きが変わります(3)~配偶者居住権②

新設された配偶者居住権は、どんな使い方が考えられるのか考えてみましょう。

夫が先に死亡した場合、夫婦の生活拠点であった住宅に妻が継続して居住を希望するケースでは「妻が住宅を相続する」方法が一般的です。この場合の「妻が住宅を相続する」は、法的には「住宅の「所有権」を取得する」という意味です。
このように、住宅の「所有権」を相続した妻には、配偶者居住権は発生しません。自分の建物に別途居住権を生じさせる必要がないからですね。

一方、高齢の妻に不動産を相続させることが管理をしていく上で不都合を来すような事情がある場合や、妻の相続の際に相続登記をしたくない等の理由で、直接子供に相続させるケースも少なくありません。この場合、住宅を相続した子供が、母親に対し住宅を無償貸与することになりますね。
しかし、ここで「私の名義にしておかないとそのうち追い出されるんじゃないか?」という妻の疑念が生まれます。実際、この手の不安はよく耳にします。
こんなケースは、配偶者居住権が活用できる典型例でしょう。住宅の維持管理の都合上、所有権は子供が相続するが、妻は配偶者居住権を取得することにより「死ぬまで無償で居住できる」権利を手にすることができますね。
ちなみに、配偶者居住権も登記記録に公示されます。したがって「妻に居住権がある住宅」という情報は、登記情報によって第三者に対しても明らかになるのです。

また、次のようなケースでも、配偶者居住権の活用が考えられます。たとえば、夫に先立たれた妻に軽度の認知症が発症しており、家庭裁判所から、遺産分割協議についての代理権を付与された保佐人が選任されているというようなケースを想定してください。
このような場合、妻に代わって保佐人が、他の総則人との間で遺産分割協議をすることになりますが、被保佐人である妻の財産の維持管理を責務とする保佐人は、妻の法定相続分に相当する遺産を確保する義務が生じます。
このようなケースでは、住宅の所有権を相続するよりも、配偶者居住権を取得する方が妥当な場合が多そうです。なぜなら、所有権を取得した場合に住宅の修繕等が必要になった場合、その費用は居住者である妻ではなく建物の所有権を相続した子供が負担するうえ、住宅の使用料も無償であることとから、被保佐人の財産を管理すべき保佐人としては無用な支出を抑えることが可能となります。
また、所有権を相続するよりも配偶者居住権を取得したほうが資産的価値は低いです。そうすると、法定相続分を確保するためにさらに現預金を相続することができるため、老後の生計維持費の確保にも資することになるからです。

ほかにも、いろいろなアイディアが湧いてきそうです。施行までにあれこれと考えてみたいと思います。   (中里)

2018年12月14日 | カテゴリー : 相続法改正 | 投稿者 : trust

遺言や相続の手続きが変わります(2)~配偶者居住権①

今回の改正は多岐に亘りますが、まずは「配偶者居住権」を取り上げてみましょう。
改正法によって成立した新たな権利で、その概要は次のとおり、短期と長期の二つに分類されています。

相続の相談を受けていると、しばしば高齢の未亡人から「住宅は私の名義にしておかないと子供たちに追い出されちゃう…」なんていう冗談とも本音とも取れる吐露を耳にしますが、新設された配偶者居住権は、このような不安に応えることができる制度だとイメージしてもらえば理解しやすいと思います。

(1)短期配偶者居住権
夫が死亡した場合、残された妻は、遺産分割協議が調うまでもしくは夫の死亡の日から6か月が経過する日までのいずれか後の日まで、住宅に無償で居住を続けることができる権利のことです(改正法1037条)。
もちろん、妻が先に死亡し夫が残された場合も同様ですが、以下では「夫に先立たれた妻」という想定で進めていきましょう。
仮に住宅の所有権を子どもの一人が相続する内容で早々に遺産分割協議が調ったとしても、妻は、半年間は退去を求められることも賃料を請求されることもありません。
「実の親子でこんなことあるの?」と疑問に思われるかもしれませんが、世の中にはいろんな家族の形があります。たとえば、残された妻は後妻さんで、子供たちはみんな先妻との間の子。後妻さんとは折り合いが悪いなんでいうケースは、容易に想定できますね。こんな場合に、相続開始後少なくとも半年間は住宅に居住を続けられることになりますので、その間に以後の生活を考えることも可能となるわけです。

(2)長期配偶者居住権
夫が死亡し残された妻が、夫の死亡時に夫単独名義の住宅に無償で居住していたときには、妻は、遺産分割協議や遺贈、死因贈与により(長期の)配偶者居住権を取得することができます(改正法1028条)。
この場合の(長期の)配偶者居住権は、遺された妻が住宅に「死ぬまで」居住できる権利です。ちょっとわかりにくいのですが、住宅の所有権は妻以外の相続人(たとえば、子供の一人)が相続し、妻は、他の相続人が相続した住宅に「死ぬまで居住し続けることができる権利(=長期の配偶者居住権)」を取得するという設計になります。
住宅の所有権を相続した妻以外の相続人は、妻に対しこの住宅について、ⅰ)終身無償で居住させる、ⅱ)第三者への譲渡禁止、ⅲ)妻の承諾なく増改築等不可などの制約を受けることとなるのです。
もっとも、遺言や死因贈与のように夫が生前に何らかの意思表示をした場合を除き、妻に長期の配偶者居住権を認めるか否かは、相続人全員の協議によって決められます。そうすると、他の相続人が妻の配偶者居住権を認めないような場合も想定されますね。この場合、妻は家庭裁判所に対し、配偶者居住権を主張して審判の申立てをすることも認められます(1029条)。家庭裁判所は「配偶者の生活を維持するために特に必要がある」と認められる場合、他の相続人が反対していたとしても配偶者居住権を認める審判をすることができることとされており、これによって妻の「終身居住」を確保することができる制度設計となっています。

なお、住宅がもともと夫と夫以外の第三者(たとえば子供)との共有であった場合、共有者にとってみれば後発的事情(共有者である夫の死亡)によって配偶者居住権が発生し、自身の所有権が制限されることになるのは不合理ですので、このような場合には配偶者居住権は発生しないこととされています(同条1項但書)。

遺言や相続の手続きが変わります(1)

新シリーズに突入しましょう!

テーマは「相続法の改正」。
相続や遺言に関する手続きがいろいろと変わります。
従来の制度がより使いやすくなったり新しい制度ができたりと、実務上もあれこれ影響が出てきそうです。

「叶」(かなう)は、民事信託の研究グループですので「相続法は関係ないのでは?」と思われるかもしれませんが、「委託者の死後における財産の有効活用」は民事信託における大きなテーマのひとつですので、民事信託を攻略するためには相続法への深い理解は不可欠なのです!

とはいっても、今回の相続法改正はとても多岐に亘っています。
また、専門的な議論を伴う改正点も多数存在します。
そこで次回以降、改正論点をかいつまんでご紹介していきたいと思います。

新シリーズにご期待ください!! (中里)

2018年11月22日 | カテゴリー : 相続法改正 | 投稿者 : trust