【包括受任事案】と【個別受任事案】とでは、後者の方が司法書士サイドに大きな制約があることが、前回の説明でご理解いただけたでしょうか?
私たち司法書士は、140万円超の民事紛争の依頼を受けた場合、このような制約があることに注意を払い、【包括受任事案】とは異なる事務処理をしなければならないのです。
また、依頼者の目、あるいは外部からの目で司法書士の行った事務処理を検証した場合にも、やはり【包括受任事案】とは異なる事務処理がなされていたと評価されるような仕事をしなければなりません。その評価は、実質面でも形式面でも同じことが言えます。
さて、前置きが長くなりましたが、裁判例の紹介に移ります。貸金業者に対し140万円超の過払金があることが判明した個人が、司法書士に対し返還請求のための裁判です。
140万円超の請求ですから、司法書士は「自分が行った事務作業は【個別受任事案】としての「書類作成業務」の域を飛び出していない」という主張をしています。
これに対して貸金業者の方は「司法書士は実質的には依頼者の代理人として行動していた!」という趣旨の主張をしています。つまり「140万円超の請求であるにもかかわらず【包括受任事案】として事務作業をしたんだ!」という主張ですね。
140万円超の請求では司法書士に代理権がありません。このような請求を代理できるのは弁護士に限られています(弁護士法72条という条文に、このことが明確に書かれています)。つまり、貸金業者側は「司法書士が弁護士法72条違反をしているんだ!」という主張を展開したわけですね。
この事案では、裁判所は次のような事実が存在すると認定しました。
① 司法書士が依頼者の印鑑を預かっていた
② 司法書士が送達受取人(相手方から提出された書類の送付先)に指定されていた
③ 代理人として受任通知を発し、過払金が140万円超であることが判明しても辞任通知を発していない
④ 依頼者の通帳と銀行届出印を預かっていた
⑤ 成功報酬を受領した
通常、過払金が140万円を超えているかどうかは、依頼を受けた時点ではわかりません。貸金業者から取り寄せた資料に基づいて計算した結果、140万円を超えるかどうかが判明します。したがって、依頼を受けた時点では代理人として受任通知を発することは可能ですが、計算した結果140万円超であることが判明すればもはや代理権はなくなりますから、直ちに辞任通知を発しなければいけません(③の論点)。もちろん、代理人として辞任して以後も、依頼者の希望があれば【個別受任事案】として事務処理を継続することは可能です。
ところで、一連の裁判では、提出する書類には同じ印鑑を使用する必要があります。書類を作成する必要があるたびに依頼者と面談して作成内容を決定し、書類ができたら再度その内容を説明して押印してもらうというのが【個別受任事案】としての「書類作成業務」の基本的スタイルであるのに、印鑑を預かっていたのであればそのような過程を経ずに司法書士独自の判断で書類作成がなされていたのではないか(①の論点)。
また、相手方の反論書の送付先が司法書士事務所であることも、依頼者に再反論の必要性を説明せず、司法書士の独自の判断で預かっていた印鑑(①)を利用して書類作成をしていたのではないか(②の論点)、と裁判所は判断したのです。
さらに、⑤の論点では、裁判所は次のような指摘をしています。
「過払金報酬2割の実質は、主として過払金の返還を得たという結果に対する成功報酬であると認められるところ、後者の成功報酬は、法律専門職としての高度の法律的知識を活用し、代理人として専門的・裁量的判断を行うことに対応する報酬というべきものである」(大阪高判平成26・5・29民集70巻5号1380頁)
つまり、【個別受任事案】であるにもかかわらず成功報酬制を採用しているということは、書類作成と対価均衡性を欠き、書類作成との対価均衡性を超過する部分は、代理人(つまり弁護士法72条違反)としての報酬を受領していると評価できるということになるわけです。
現実に弁護士法違反をしていたのかどうかは議論もあるでしょうが、少なくともこの司法書士は、弁護士法72条違反という外観を作出してしまい、外部からも違法行為であるという評価を受けてしまったということになりますね。 (中里)