第14条 契約に定めのない事項の処理及び契約の変更②

(契約に定めのない事項の処理及び契約の変更)
第14条 【1・2項省略】
3 本信託の変更は、受益者と受託者との合意がある場合に限り、書面によって行うことができるものとする。

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信託法という法律は、親族間で組成される民事信託だけを念頭に作られているわけではありません。むしろ、民事信託は信託全体の中のごく一部を占めているすぎず、現実に活用されている信託のほとんどはビジネスとしての信託(商事信託などと呼ばれます)ですので、信託法の規定も、商事信託を念頭に作り込まれているわけです。

このため、信託法の規定をそのまま民事信託に適用させようとすると、様々な場面で不都合が生じるわけです。そこで前回も指摘したとおり、将来起こりうるさまざまな事態を想定し、信託契約の中で法律の規定を柔軟に変更しておく作業が不可欠となります。
これも、プランニングの重要な一要素なのです。

14条3項はその典型的規定。
信託法の規定によれば、契約条項の事後的変更は「委託者、受託者及び受益者の合意」が必要とあります。しかし、民事信託の場合、信託契約締結後に委託者の判断能力が減退して「合意」を形成することができない事態を想定しておかなければいけませんし、委託者死亡後も信託契約は継続するのことも少なくありませんので、「委託者の合意」は必要に応じて排除しておく必要が生じるわけです。

このような工夫は14条に限らず、モデル契約書の随所に散見されます。 (中里)

第14条 契約に定めのない事項の処理及び契約の変更

(契約に定めのない事項の処理及び契約の変更)
第14条 本契約に定めのない事項については、本条第3項の規定によるほか、信託法その他の法令に従うものとする。
2 委託者が死亡した場合、委託者の権利は消滅し、その地位は相続しないものとする。
3 本信託の変更は、受益者と受託者との合意がある場合に限り、書面によって行うことができるものとする。

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1項は当然のことを確認的に規定したにすぎませんが民事信託の契約当事者は必ずしも法律に詳しい方ばかりではありませんので、注意を喚起する趣旨で明文化しています。

2項は、ちょうど昨日、名波さんがこのブログで言及していましたね。
名波さんの指摘によれば「委託者の権利は消滅し」の部分は、落とした方が正確かもしれません。要・検討事項ですね。

ところで「委託者の地位が相続される」ことにより、どんな現象が想定されるでしょうか?
信託法の規定では、委託者の関与が必要となるケースがいくつかあります。
受託者の解任(信託法58条)や新受託者の選任(同62条)、信託条項の変更(同149条)などはその代表例です。
信託契約は、委託者が死亡した後も、契約で定めた終了事由が生じない限り契約そのものは継続します。むしろ、委託者の死後の財産承継を含めて制度設計するケースの方が多いと思われますので、「委託者死亡後」を想定しなければなりません。
委託者の地位は、委託者の相続人全員に相続されることになります(もっとも、相続人全員による遺産分割協議により、どなたか一人に承継させること自体は可能)。委託者の地位を相続した相続人が、委託者と同じ想いをもって信託に関わってくれればよいのですが、そんな理想的なケースばかりではないのが現実です。
相続により委託者の地位を承継した相続人が、以後の信託契約に当事者(の地位を承継した者)として関与することになると、さまざまな局面で、信託契約当時に思い描いたプランの実現に支障が生じることも考えられるわけです。

もちろん、このような事態を想定し、信託契約で法律の規定を柔軟に変更し、委託者の関与を必要最小限にとどめる等の工夫を施しているわけですが、これも万全ではありません。
そこで、権利関係の複雑化やプラン実現へ向けた障害等を排除する目的で「委託者の地位は相続しない」旨の規定を置くことにしたわけです。  (中里)

第13条 受託者の注意義務 ②

(受託者の注意義務)【1項のみ再掲】
第13条 受託者は、本契約の趣旨に従い、信託財産の管理、運用、処分その他の信託事務を善良な管理者の注意義務をもって処理するものとし、これを怠らない限り、信託財産の価額の下落その他原因のいかんを問わず、受益者または信託財産に関して生じた一切の損害について委託者および受益者に対する責任を負わない。

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信託法40条では、受託者が任務を怠ったことにより信託財産に損失が生じた場合、受託者はその損失を填補しなければならないと定められています。
一方で42条では、受益者がこの損失填補義務を免除できると定めています。

前回指摘したとおり、受託者は、委託者から頼まれた親族や知人が無報酬で就任するケースが多いでしょうから、42条の免除規定を活用し、受託者のハードルを下げる工夫が必要になります。
しかし一方、契約締結以後、受託者と取引関係が生じることとなる対第三者との関係では、責任の所在を明確にしておくことが「信託」という仕組みへの安心感・信頼感につながることも事実です。

そこでモデル契約書では、受託者の過失に起因しない損失について、対委託者・受益者との関係ではその責任を免除する規定を置く一方、対第三者との関係では、受託者が填補責任を負担することとしました。

ところで、委託者・受益者と受託者との関係を考慮すれば、仮に受託者の過失に起因して生じた損失であっても、対委託者・受益者(あるいは対委託者に限って)への填補責任は免除するという条項を置くことも、十分に検討の余地があるでしょう。  (中里)

第13条 受託者の注意義務

(受託者の注意義務)
第13条 受託者は、本契約の趣旨に従い、信託財産の管理、運用、処分その他の信託事務を善良な管理者の注意義務をもって処理するものとし、これを怠らない限り、信託財産の価額の下落その他原因のいかんを問わず、受益者または信託財産に関して生じた一切の損害について委託者および受益者に対する責任を負わない。
2 受託者は、信託財産を受託者の固有財産または受託者が第三者から受託した他の信託財産と分別して管理し、それぞれの財産を混同してはならない。

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民事信託の場合、多くのケースで受託者には委託者が信頼するご家族あるいは近親者が選任されることになるでしょう。受託者は信託終了後の権利帰属者となるケースも少なくないでしょうが、信託報酬そのものは定めない事例の方が多いと思います。
このような事情の下で、受託者の不注意により委託者や受益者に損害が発生したような場合に、その損害の賠償を受託者に負担させるというのは少し酷な気もしますし、受託者への就任をお願いする立場の委託者としても、気が引けることになりそうです。

そこで、受託者の責任をどの程度まで軽減しつつ、一方で「信託」という仕組みゆえに軽減してはならない点をどのように契約条項として文章化するのかという点が、起案にあたって考慮されなければなりませんね。

条項の内容については、次回に続く。   (中里)

第12条 資金の借入れ等④ ~ 利益相反行為にご注意を!

(資金の借入れ等)【再掲】
第12条 (1項省略)
2 受託者は、前項の借入れを行う場合、信託不動産を担保に供することができるものとする。

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金銭の借入れと信託財産の担保提供に関連して、最近こんな契約条項を目にしました。

(1)受託者は信託された土地の無償貸与を受けられる
(2)土地上に受託者の固有財産として居住用建物を建築できる
(3)そのための住宅ローンを担保するため、信託財産を担保提供できる

これらはいずれも、受託者にとって「利益相反行為」に該当します。
なぜなら、受託者は、信託財産を受益者の利益のために管理する義務があるにもかかわらず、その実質あるいは委託者・受益者の内心(想い)はどうであれ、形式的に見れば受益者の利益となるのではなく、受託者自身の利益になる行為を行っていると評価せざるを得ないからです。

信託法では、受託者の利益相反行為について厳格な規定を設けており、契約条項にあらかじめ明記されていない限り原則として禁止されるのです。
そこで、受託者にとって利益相反行為に該当するような管理方法が想定され、かつこれを委託者や受益者が同意している場合(受益者の同意は必ず必要というわけではないが、委託者の同意は不可欠)は、これを契約条項の中に、曖昧さを可能な限り排除した明確な表現で規定しておく必要があるのです。

さらに、後日の登記申請の際「利益相反に該当するから受理できない」という取扱いを受けることがないよう、前回ご説明した「信託目録」にも同趣旨の条項を記録して置く必要があるわけです。

このように、金銭の借入れや担保提供の条項は、後日の登記申請に深く関連する重要なテーマとなりますので、司法書士との事前協議をお勧めいたします。  (中里)

第12条 資金の借入れ等③ ~ 担保設定条項

(資金の借入れ等)【再掲】
第12条 (1項省略)
2 受託者は、前項の借入れを行う場合、信託不動産を担保に供することができるものとする。

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信託の目的を達成するためには、受託者が信託物件を担保に供する必要が生じるケースも考えられるが、この場合も金銭の借入れの場合と同様に、受託者の行為を制限しどのような場合に担保提供できるのかを明確に条項化しておくべきである。

なお、担保に供する信託物件が不動産であれば、後日の担保設定登記の際に円滑に登記申請が受理されるようにするため、不動産登記記録の一部を構成することになる「信託目録」に、担保提供がどのような場合に許容されているのかを明確に公示しておくべきである。  (中里)

第12条 資金の借入れ等② ~ 資金使途を明確に!

(資金の借入れ等)【再掲】
第12条 受託者は、次に掲げる費用を支弁するために金融機関から借入れをすることができる。
(1)受益者の医療費、介護費、その他生計を維持するために必要な費用
(2)受益者の日常生活に資するための信託不動産の修繕、改築、改良のために必要な費用
(3)本信託の目的に沿って信託不動産を管理運用するのに必要な費用
2 受託者は、前項の借入れを行う場合、信託不動産を担保に供することができるものとする。

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受託者は、いわば「信託財産の管理人」と考えられます。
その業務の中心は信託財産の「維持・管理」であり、借入れを含めた処分行為については制限的に考えるべきでしょう。
そこで、信託契約の条項には、受託者が借入れをする際の資金使途を明確に列挙し、これによって受託者の業務を牽制することが必要になります。  (中里)

 

第12条 資金の借入れ等① ~ 受託者の無限責任に注意!

(資金の借入れ等)
第12条 受託者は、次に掲げる費用を支弁するために金融機関から借入れをすることができる。
(1)受益者の医療費、介護費、その他生計を維持するために必要な費用
(2)受益者の日常生活に資するための信託不動産の修繕、改築、改良のために必要な費用
(3)本信託の目的に沿って信託不動産を管理運用するのに必要な費用
2 受託者は、前項の借入れを行う場合、信託不動産を担保に供することができるものとする。

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信託の目的を達成するために必要であれば、受託者は、信託財産の維持管理、受益者の生計維持等のために必要な範囲内で金銭の借入れを行うこともできますし、借入れを受ける金融機関等のため、信託不動産に担保権を設定することもできます。

もっとも、受託者が信託財産のために負った負債は、信託財産だけが弁済責任財産となるのではなく、受託者の固有財産も当然に弁済責任財産となる点には、十分な注意が必要です。

少しわかりやすく説明します。
中里は「株式会社かなう」「合同会社しんたく」という二つの会社の代表者であるとします。
「株式会社かなう」が銀行からお金を借りるとき、中里は代表者として契約書に署名押印するほか、中里個人として連帯保証人にもなりました。
数年後「株式会社かなう」が返済できなくなったとき、銀行が資産の処分を迫ってまで返済を強制できるのは、①「株式会社かなう」と②「中里個人」だけです。
中里が代表を務める別会社「合同会社しんたく」は、「株式会社かなう」の借入れについて連帯保証人になっていない以上、返済義務がありません。

中里を受託者に置き換えましょう。
中里は「中里の固有財産の管理者」という地位と「信託財産の管理者」という地位の二つを有することになりますが、この状態は、上の例のように二つの会社の代表者を兼務しているのと似ています。
ここで、「信託財産の管理者」の地位である中里が銀行から借入れをします。
上の例で考えれば、返済を強制されるのは「信託財産」だけであり、「合同会社しんたく」と似た地位にある「中里の固有財産」は返済不要と考えがちですが、そうではないのです。

受託者として借入れをしたのに返済できなくなった場合、受託者自身の固有財産を処分してでも返済しなければならないわけです。
これを「受託者の無限責任」と呼びます。十分にご注意ください!  (中里)

第11条 金銭の給付

(金銭の給付)
第11条 受託者は、受益者の意見を聞いたうえで、受託者が相当と認める金額、時期および方法により、受益者に対し生活費、医療費、介護費および施設利用費等を支払うものとする。

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信託財産のうち、現金や預貯金の使徒も可能な限り明確に制限しておくべきです。
受託者の監督という意味合いもありますが、受益者が受け取るべき金銭を管理する立場の受託者としては、受益者から「もっとたくさんよこせ!」などと言い寄られた際に明確に受益者の要求を拒絶する根拠があることが、業務の遂行に資することになります。
そこで、たとえば「生活費として毎月●円」などと金額を明記しておくことも、紛争防止のためのひとつの提案となります。  (中里)

第10条 信託金融資産の管理運用および処分

(信託金融資産の管理運用および処分)
第10条 受託者は、受託者が相当と認める方法により、信託金融資産の管理運用および処分、その他本信託の目的達成のために必要な行為を行い、信託不動産に関する公租公課、各種保険料、営繕修繕費等および信託事務処理代行者に対する報酬その他の必要経費を支払いまたは積み立てるものとする。
2 信託金融資産については、預貯金又は元本保証された金融商品として管理するものとする。

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信託不動産の管理方法については9条で受託者の行為に制限を加えました。
同様に、信託された預貯金等の金融資産に関する管理方法について定めたのが本条です。

1項は、受託者として当然にできること、すべきことを確認的に規定した条文ですので、これによって受託者に特別な義務が発生するわけではありません。

注意したいのは2項です。
民事信託の場合、信託財産を運用して利鞘を稼ぎ、これを受益者の生活費の足しにしなければならないという事情は極めてまれです。むしろ、元本割れリスクのあるような金融商品に投資して信託財産が減少すれば、直ちに受益者の将来の生活不安に直結するおそれが生じるわけですから、受託者にはこのような行為を厳格に禁止しておくべきであると考えています。  (中里)