第9条 信託不動産の管理および処分 ②

【物件がある場合の条項案】
(信託不動産の管理運用および処分)
第9条 受託者は、信託不動産につき、継続的に相当の対価を得て他人に使用させて安定的な収益を図るものとする。
2 受託者は、信託不動産のうち、本契約成立時に既に賃貸されている部分がある場合、委託者から賃貸人としての地位を承継するものとする。
3 受託者は、信託不動産について安定的な収益が見込まれなくなったとき、管理が困難になったときその他相当な理由があるときは、これを売却できるものとする。

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信託不動産が受益者にとっての居住用不動産である場合、できるだけ売却をせずに受益者の生活の拠点として管理すべきですが、信託不動産に賃貸物件がある場合には、条項の修正が必要となります。

賃貸物件の場合「長期にわたる管理」よりも「効率的な収益」をより重視する必要がありますので、受託者において信託不動産を処分(売却)できるための要件は、居住用不動産の場合よりも軽減されます。

また、いわゆるオーナーチェンジと同様の法律関係が生じますので、借主,管理業者,火災保険など、賃貸借契約を取り巻く関係者との調整も不可欠になります。また、受託者への賃貸人たる地位の移転に伴い敷金の支払義務も受託者に移りますので、敷金相当額の現預金を信託財産に取り込んでおくことを忘れないようにしましょう。 (中里)

 

 

第9条 信託不動産の管理および処分

(信託不動産の管理運用および処分)
第9条 受託者は、信託不動産につき、受託者が相当と認める方法により受益者らの生涯の生活の本拠地として使用させるものとする。
2 受託者は、受益者が確定的に信託不動産に居住しない状況に至ったときまたはやむを得ぬ事情により管理が困難な状況に至ったときは、これを処分できるものとする。

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本条は、信託不動産が居住用財産のみの場合を想定しています。
お子さんがご自宅で生活できるうち、あるいは施設への入退所を繰り返しつつもご自宅に戻る可能性があるうちは、受託者による売却は認めないことを原則としつつ、お子さんがご自宅に戻る可能性が確定的になくなった場合や、建物の老朽化により修繕に多大な費用が生ずるなど、解体・売却をずべきやむを得ない事情が生じた場合には、例外的に受託者による売却を認めています。
やむを得ない事情には、居住用不動産を売却しなければ受益者であるお子さんの生活費が回らないというような事情も含まれると考えています。

成年後見制度の場合、居住用財産を売却するためには裁判所から売却のための許可を得る必要があります。売却の目的や理由、売買代金などの合理性を判断したうえで許可すべきか否かが検討されるわけですが、信託の場合も、受益者の生涯の生活の拠点である居住用財産はできる限り売却しない方向での制約を受託者に課すべき、との考え方によります。

なお、賃貸不動産がある場合には、条項の修正が必要になります。
この点は次回に。    (中里)

第8条 信託財産の引渡し等 ⑤

【第8条・続き】
5 受託者は、信託金融財産を管理するため、金融機関において信託口口座を開設するものとする。

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信託不動産の登記に関する条項が続きましたが、5項は信託された現金の管理方法です。受託者の個人財産としての預貯金と、信託財産としての預貯金は、明確に分別して管理する信託法上の義務があります。両者が混在しない管理が必要です。

具体的には、金融機関の窓口で「委託者●●●●信託財産 受託者●●●●」という名義の口座を開設するのが正しい方法ですが、金融機関によっては内部ルールの整備ができていないなどの理由により口座開設を拒否されるケースも少なくありません。

このような場合には、受託者名義の新たな口座を開設し、信託財産だけを管理するための専用口座として指定する方法も考えられます。  (中里)

第8条 信託財産の引渡し等 ④

【第8条・再掲】

4 受託者は、委託者の相続人と共同して、 信託不動産について、本信託の効力発生後直ちに所轄法務局に対し、所有権移転登記及び信託の本登記を申請するものとする。この場合の登録免許税その他登記申請手続きに要する一切の費用は、信託財産の負担とする。

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契約も仮登記も済ませておきながら、委託者の相続人の協力が得られないため委託者死亡後の本登記ができないなんていう事態も想定されます。
このような場合には、次のような対処も必要になるでしょう。

 

① 停止条件付き契約による信託ではなく、遺言による信託を利用する

遺言信託の条項として、遺言執行者の指定をしておきます。
遺言執行者の指定がある場合、委託者が遺言によって信託財産とすることを指定し受託者に引き継がれるべき財産の引渡しは、遺言執行者の権限で行うことができますし、信託の登記申請も遺言執行者が行うことができます。
前回指摘したような相続人全員の協力を得る必要はありませんので、想定されるリスクを回避することができますが、遺言信託の場合には委託者の死亡前に仮登記を申請することは認められていませんので、条件付き契約による信託のように、登記記録に「この不動産は将来信託財産となりますよ!」という公示をしておくことはできません。

 

② 契約条項に「執行者」の定めを置く【要・検討】

委託者の死亡を条件とする信託契約とよく似た契約に「死因贈与契約」というものがあります。
「贈与契約」は「ただであげる」という約束。
「『死』亡を原『因』とする贈与」なので、「自分が死んだときにただであげる」という約束を意味します。
死亡によって、贈与の効力が生ずるのか信託の効力が生ずるのかの違いはあるにせよ、両者はとてもよく似ています。

ところで、不動産の死因贈与契約の場合も仮登記を利用し、贈与者が死亡するまでの間「この不動産は自分が死んだら●●に贈与する」という登記記録への公示をすることができます。
死亡後に本登記申請をするには、やはり相続人全員の協力を得る必要があるのですが、①の遺言執行者の規定に倣い、契約条項に「執行者」の指定をしておくことにより、相続人全員に代わって執行者から本登記の申請ができるとするのが、登記実務の取扱いです。

そこで、類似した委託者の死亡を条件とする信託契約でも、契約条項で執行者を指定しておき、執行者から本登記の申請ができないか? と考えるわけですが、未だ実例はありませんので【要・検討】としておきます。

なお、執行者の指定をする場合、後日の登記申請の要件を具備するために委託者、受託者のほかに執行者予定者も契約書に署名と実印による押印をし、かつ三者の印鑑証明書を合綴しておくようにしましょう。  (中里)

第8条 信託財産の引渡し等 ③

【第8条・続き】

4 受託者は、委託者の相続人と共同して、 信託不動産について、本信託の効力発生後直ちに所轄法務局に対し、所有権移転登記及び信託の本登記を申請するものとする。この場合の登録免許税その他登記申請手続きに要する一切の費用は、信託財産の負担とする。

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このモデル契約は、委託者の死亡を条件とする「条件付き契約」です。
条件付き契約の場合、契約の「成立日【A】」と「効力発生日【B】」は異なります。
今回のケースであれば、【A】は契約締結日、【B】は委託者の死亡日です。
【A】の時点では、まだ信託契約の効力が発生していないので仮登記しかできません。
正式な登記(本登記)ができるのは、【B】の委託者死亡以降となるわけです。

さて、そうするとこの本登記は、誰が申請すればよいのでしょう?
登記申請すべき委託者は、すでに死亡しているわけですから、受託者だけで登記申請できれば簡単なのですが、残念ながらこのような簡易な方法は認められません。

このような場合、委託者の相続権がある方全員が登記申請に関わる必要があります。
具体的には、相続人全員から必要書類に署名と実印による押印をいただき、印鑑証明書の提供を受ける必要があるわけです。
契約締結時には、将来の本登記申請に相続人が関わる場面を想定し、円滑な手続きができるように関係者との調整を済ませておく等の準備が必要になるわけですね。

では、相続人から協力が得られないような場合、何か別の準備をしておく必要があるのでしょうか? 続きは次回に! (中里)

第8条 信託財産の引渡し等 ②

【第8条・続き】
3 委託者及び受託者は、信託不動産について、本信託の締結後直ちに所轄法務局に対し、委託者の死亡を始期とする始期付き所有権移転仮登記及び始期付き信託仮登記 を申請するものとする。この場合の登録免許税その他登記申請手続きに要する一切の費用は、委託者の負担とする。

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この契約は、 委託者の死亡を効力発生日とする始期付き信託契約を想定しています。
そうすると、契約締結時から委託者死亡までの間は、信託財産を構成する不動産は受託者の管理下には置かれず、委託者が自由に管理・処分できる資産ということになります。

ところで、不動産登記には、土地や建物の権利関係を対外的に公示するという機能が期待されています。土地や建物の取引を希望する者は、公示された情報を調査することにより安全・安心な取引が可能か否かの判断材料を入手できるわけですね。
そうすると、現在すでに効力が生じている権利関係だけでなく、近い将来発生することが予定あるいは予測される権利関係についても可能な限り公示しておくことは、円滑な経済活動の推進に資することとなります。

また、死亡によって信託財産となる不動産は委託者の遺産を構成しないこととなり、速やかに受託者に引き渡されるべき資産となるはずですが、契約だけして登記記録上に何の公示もされていないとなると、受託者や受益者としてはも不安が残ることでしょう。

そこで「将来、委託者である所有権登記名義人が死亡したときには、この不動産は信託財産となります。委託者の遺産は構成しません!」という情報を「仮登記」という方法があるのです。   (中里)

第8条 信託財産の引渡し等 ①

(信託財産の引渡し等 )
第8条 受託者は、本信託の効力発生後、直ちに委託者より信託財産の引渡しを受け、管理を開始するものとする。
2 信託不動産に係る公租公課については、平成●年度分までを委託者の負担とし、平成●年度分以降を信託財産から負担する。

※ ≪3項以下は次回以降≫
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信託財産のうち、不動産の引渡しに関する条項です。
不動産の引渡しに際して注意すべき事項は、通常の売買契約の際と同様に考えればよいので、引渡しの時期,公租公課の負担,抵当権・賃借権などの負担の承継,瑕疵担保責任,登記などの条項を検討していくことになります。
このうち、登記については8条の3項・4項に、賃借権の承継については9条に規定を設けていますので、次回以降にご紹介します。

引渡しの時期については、信託の効力発生後直ちに受託者の管理下に置くことを想定しています。本件は、遺言代用信託契約を想定していますので、委託者の死亡後直ちに受託者が信託財産として管理するということですね。

固定資産税については、売買契約の際には月割計算が通常ですが、多くの場合金融機関で自動引き落としの処置済みであること、家族間の信託契約であって他人に財産が移転するわけではないこと、煩雑な作業はできる限り排除しておきたいこと等の理由から、あえて清算条項は設けていません。このあたりは、使いやすいようにアレンジしていただければよいですね。

なお、抵当権付き不動産を信託財産とすることは、このモデル契約書では想定していません。というのも、抵当権付き不動産については担保権者との協議によりその都度条件を調えていく必要があり、画一的なモデル契約にはなじまないからです。
必要に応じて、適宜条項の修正をお願いします。

第7条 信託の期間

(信託の期間)
第7条 本信託は、委託者の死亡の日から効力を発する ものとし、次の各号のいずれかに該当したときに終了することとする。
(1)受益者が死亡したとき
(2)信託財産が消滅したとき

【遺言代用信託型としない場合の条項案】

(信託の期間)
第7条 本信託の信託期間は、次の各号のいずれかに該当したときまでとする。
(1)受益者全員が死亡したとき
(2)信託財産が消滅したとき

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期間の定め方は、特別特徴があるわけではありません。
このモデル契約書は、委託者の死亡を停止条件とすることを基本としながら、委託者自身の老後の生活支援という性格もあわせもつようにする場合には、条項を修正して使用することとしていますので、始期を付すか付さないかの違いがあります。

第6条 受益者及び受益権 ~ 【修正規定】

(受益者及び受益権)
第6条 本信託の受益者は、委託者および次の者とする。
静岡県浜松市・・・・ C
2 本信託において、前項の2名が現に受益者であるときの受益者Cが取得する受益権は、委託者が負担する扶養義務の範囲内とする。
3 本信託の受益権は、譲渡、質入れおよび分割することができない。
4 本信託の受益者が死亡したときに他の受益者が存する場合、死亡した受益者の受益権は他の受益者に承継されるものとする。

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親亡き後の子の生活支援だけでなく、親御さんご自身の老後の生活支援という観点もあわせて信託を設計するニーズに応えるため、受益者について修正規定を用意しています。

2項は、以前に贈与税の検討をした際にご紹介した規定ですね。お子さんに贈与税が課税されないように工夫しています。

4項は、親御さんの受益権が、親御さんの死亡により当然にもう一人の受益者であるお子さんに帰属するようにした規定です。この規定を置く目的は、このような規定がない場合には親御さんの死亡に伴い受益権が遺産分割の対象となってしまい、スキームレスな生活支援に支障が生じるおそれがあるからです。  (中里)

第6条 受益者及び受益権

(受益者及び受益権)
第6条 本信託の受益者は、次の者とする。
静岡県浜松市・・・・ C
2 本信託の受益権は、譲渡、質入れおよび分割することができない。

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このモデル契約書は、親亡き後に備え、委託者である親御さんの死亡時に信託の効力が生ずる「遺言代用信託契約」を想定していますので、受益者Cとは、障害を抱えるお子さん、引きこもりのお子さんなど独立して社会生活を営むことに支障があるような方を想定しています。

民事信託の場合、受益権を投資や換価の対象とすることは、受益者の将来にわたる生活保障という信託の目的に通常は合致しませんので、受益権の譲渡、質入れ、分割は禁止しておくのが妥当でしょう。

「遺言代用信託契約」としたのは、親御さんが元気なうちは親御さん自身が財産管理をするのが妥当であるし、それが親御さん自身の気持ちに合致するであろうという考え方によりますが、中には、親御さんの将来の身体能力や判断能力の低下に備え、契約の発効に条件を付さないケースも考えられ、この場合には条項を少し修正しなければなりません。
この点は、次回に譲ります。    (中里)