本日、連休最終日である。ブログを書こうと思っていたのだが、最終日に書く始末である。忙しいのも理由の一つであるが、時間があれば書くことは山ほどある。だいたい三週間に一度のペースだから、その間何も起きないということは仕事柄あり得ないからである。それにも関わらず、最終日までブログを引き延ばしたのは私のずぼらさもあろうが、言うまい言うまいと思っていたのだが、やっぱり言う。我慢ならない。先日の保佐人の代理権の件である。
結論は出た。司法書士には遺産分割調停・審判の代理権付与はできないというのである。しかし、本件は問題ないと私は考えている。以下、お話しできる範囲で申し上げる。
本件、本人は法的問題を多数抱えており、将来においても抱える可能性が十分にある方であった。しかし、本人にはほとんど資力がない。つまり、本人の財産から報酬を支弁することは不可能なのである。このような場合、一定の条件を満たせば、市町村が報酬の助成をするが、それは保佐人の仕事の多寡にかかわらず一定額という決まりである。 一方、弁護士法72条は「報酬を得る目的で」「業とすることができない」と規定している。このことから、本件は72条に実質的に該当せず、本件保佐人を受任する者は、成年後見制度を社会全体で支えるための社会的責任として引き受ける、というのような運用も可能だったはずである。
「調停が必要になったら、そのとき考えれば・・。」などと悠長なご提案を頂戴したが、「家事事件手続法【第3版】」(有斐閣:梶村太一他)298頁では、「法律行為をすることを認めるべき保護の必要性があること」が代理権付与の要件であるから、必要であれば事前に付与するのが原則である、必要性を認識しながら上記のような考えをすることは、司法の怠慢である。
仮に、司法書士に手続代理人としての能力にご心配されていても、これはまったく理由にならない。そもそも、手続代理人は訴訟代理人と違って、利益相反を厳格に禁じていない運用をしている。一例を申し上げると、遺産分割調停は、本来、相続人全員が利害対立している場面であるから、訴訟法の考えを貫けば一人の相続人の代理人となれば、他の相続人の代理人になれないはずである。しかし、実際には、相続人間でいくつかのグループに分かれた場合、そのグループごとに代理人弁護士がつくことがよくあるという(「家事事件手続法逐条解説(一):テイハン:梶村太一:67頁」)。このような運用実績に鑑みれば、手続代理人資格を訴訟ほどに審査する必要性は低いと考える。さらに、家事事件手続法は22条2項で手続代理人許可の取消しが規定されているのだから、能力面に不安があっても、本人の利益を保護することが法制度上担保されているのである。
我々もそうだが、司法もリーガル・プロフェッションであるはずだ。加藤慎太郎がいうリーガル・プロフェッションとは、「単に法的な情報や知識を持っているのではなく、法によって正義の実現のために、その知恵を生かそうとする価値観を持って仕事をしていく専門的技能を活用すべき職層」である。だから、私は「司法書士に」ではなく「本人のために」代理権付与を首尾一貫して主張してきたのである。しかし、今回の司法の判断は、形式的な司法制度に拘泥し、正義の実現のためになんら努力を払おうとはしない。この点が非常に腹立たしい。
守秘義務の関係から、核心的な部分は触れずに、論を終えることはいささか心残りであるが、キリがないので、この件はここまでとする。