「他界した父が友人に300万円を貸していた」というケースを想定してください。相続人は妻と子①・子②の3名とします。
この場合の亡父から友人に対する「300万円の貸金債権」も相続人に承継されます。したがって、亡父の相続人3名は、父の死亡後であっても借主である友人に対し「金を返せ!」と請求できることになるわけです。
では、3名の相続人は、それぞれいくらの請求ができるでしょうか?「貸した金は300万円だから、相続人のうちの誰でも300万円全額の請求ができる!」と思いがちですが、そう単純にはいきません。
『相続の対象となった貸金債権は、相続開始(=このケースでは「父の死亡」)と同時に各相続人に法定相続分に応じて当然に分割されて帰属する』というのが、最高裁の考え方なのです(最高裁昭和29年4月8日判決)。
『法定相続分に応じて』なので、妻は150万円、子①・子②はそれぞれ75万円の貸金債権を相続することになります。
『当然に分割されて帰属する』というのは「遺産分割協議の対象にすらならない」ということを意味します。つまり、不動産のように遺産分割協議によって相続人の内のだれか一人(あるいは複数人)に相続させることができるのではなく、このケースの300万円は父の死亡によって直ちに150万円・75万円・75万円に振り分けられることになるわけです。
したがって、妻が父の友人に対し請求できるのは150万円だけであり、父の友人は、妻に対し150万円さえ支払えば、妻との関係では債権債務関係が精算されたことになるわけです。
妻が、3名分をまとめて300万円請求すること自体は可能ですが、この場合、子①→妻・子②→妻の75万円ずつの「債権譲渡」があったか、あるいは「取立て委任」(代わりに回収して!)という契約があったかのいずれかとなりますし、この場合に300万円の請求を受けた友人は、妻に対し「150万円以上は支払えない」と拒むことは許されます。
もっとも、相続人全員が「貸金債権も遺産分割の対象にしよう!」と合意したうえで、有効な遺産分割協議によって妻が一人で300万円を相続したとすること自体は、過去の裁判例でも認められています(京都地裁平成20年4月24日判決)。
また、子①→妻・子②→妻の75万円ずつの「債権譲渡」について有効な対抗要件を具備している場合も、妻が一人で300万円全額を請求できることになり、友人はこれを拒めません。
(債権譲渡の対抗要件については、改正論点となりますので次回詳しくご説明します) 中里