ここまでの説明を振り返りますと、受託者は2種類の財産を所有していました。一つは「自分のため」の「固有財産」、もう一つは「他人のため」の「信託財産」です。そして、成年後見制度と同様に、この2種類の財産を取り分けて管理等することが大きなポイントでした。しかし、成年後見制度と異なって、信託財産は受託者名義になります。これは、どのような効果をもたらすのでしょうか?
以下の図を使いながら、説明を進めていきます。
信託財産である賃貸マンションに修繕が必要になったとします。ここで、工事を依頼すれば修繕費が発生します。この修繕費は、信託財産のために費やしたものですから、当然信託財産にて弁済します。今の説明は、図の一番右側の矢印で示しています。この点は問題ないと思います。ちなみに、このような債務を「信託財産責任負担債務」と言います。
同様に固有財産である賃貸マンションの修繕を行えば、固有財産から支払いをすることになります。図の一番左側の矢印の説明です。これもご理解いただけると思います。
では、信託財産の修繕費を信託財産から支払うことができなかった場合はどうなるのでしょうか?賃料の入金前で資金が不足していた場合などが考えられます。受託者は「信託財産にお金がないから支払えない。」と突っぱねることができるのでしょうか?それは、おかしな話です。そもそも、受託者が工事請負契約を締結できたのは、信託によって信託財産が受託者の所有に属しているからできたのです。なぜなら、「信託の目的」という制約はありますが、その制約内において、受託者は信託財産を管理・運用・処分する権限を与えられているからです。その管理方法の一環として、工事請負契約を締結することができたのです。権限に伴って発生した債務について、責任を負うことは当然のことです。
債権者の立場からしても、債務者が受託者であると認識して取引関係に入っているわけです。このような点を踏まえると、受託者が信託財産負担債務を固有財産にて負担することは、むしろ自然であるといえます。以上の点を図で表しているのが、右から2番目の矢印となります。
先ほどの説明で分かると思いますが、受託者の地位というのは、保証人の地位に非常に近しいものと言えます。そのような地位に受託者があるということは大事な点です。受託者に就任する方は、以上の点を認識して就任を承諾していただきたいと思います。
なお、左から2番目の矢印の説明は、次回に譲ります。(小出)