信託の基礎

最後に遺留分に触れて、信託財産は区切りとします。

信託の設定によっても、遺留分減殺を免れることはできないことについては、異論がない状況です。そこで、図をご覧ください。

図4

図のように

1.信託が設定され、当初信託財産が受託者に対して処分されることを遺留分侵害行為であるととらえるか、

2.信託設定そのものは問題とせず、受益者の受益権取得を遺留分侵害行為ととらえるのか

という2つの見解が存在します。

では、遺留分減殺請求を受けた場合に、その後の信託運営はどうなるのかということを、2つの見解について簡単に触れておきたいと思います。(小出)

信託の基礎

今回は、固有財産に関する取引の債権者は、信託財産を責任財産とすることはできるのでしょうか?図では左から2番目の矢印です。

図3

図では「×」と記されてます。信託法23条を見てみましょう。固有財産の債権者は信託財産に対して強制執行ができないと規定されている条文です。

第23条 

信託財産責任負担債務に係る債権(信託財産に属する財産について生じた権利を含む。次項において同じ。)に基づく場合を除き、信託財産に属する財産に対しては、強制執行、仮差押え、仮処分若しくは担保権の実行若しくは競売(担保権の実行としてのものを除く。以下同じ。)又は国税滞納処分(その例による処分を含む。以下同じ。)をすることができない。

(2項以下、略)

 

強制執行することができないということは、信託財産に属する財産を引き当てにできないことを意味します。つまり、図のような説明となるのです。

しかし、固有財産と信託財産の区別が当事者だけではなく、第三者から見ても明確にされていないと、固有財産に関する取引の債権者は信託財産に対して強制執行等の手続をしてしまうかもしれません。そうならないためには、ある程度債権者に配慮する必要があります。具体的には、「これは、信託財産だ」と公示することです。

公示方法の典型例は登記になります。登記をすることによって信託財産と固有財産の取り分けが明確になります。逆に、登記を怠れば第三者に対抗することができないということになります。(小出)

 

信託の基礎

 前回の続きです。

 

図3

 

 右から2番目の矢印のように、受託者は信託財産負担債務を固有財産にて負担するということを説明しました。ところが、「信託財産負担債務を固有財産にて負担する」ことを明確に記した条文は信託法には存在しません。したがって、この点を指摘していない書籍も散見します。しかし、丹念に条文を読み込むと、今、申し上げたことが正しいということが分かります。信託法21条1項と2項です。

 

第21条 

 1 次に掲げる権利に係る債務は、信託財産責任負担債務となる。

    (1号~9号略)

 2 信託財産責任負担債務のうち次に掲げる権利に係る債務について、受託者は、信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う。

    (1号~4号略)

 

 1項は「次に掲げる権利に係る債務は、信託財産責任負担債務となる。」と規定しているのに対して、2項は「信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う。」と規定されています。分かりますか?2項は「のみ」と規定しているのです。つまり、信託財産だけが責任財産である債務を2項は規定しています。しかし、1項は違います。「のみ」がないのです。信託財産責任負担債務であっても固有財産で責任を負う場合もあることを、1項と2項の区別から読み取ることができるのです。

 他に破産法244条の7第1項からも読み取ることが可能です。

 

第244条の7 

 1 信託財産について破産手続開始の決定があった場合には、信託債権を有する者及び受益者は、受託者について破産手続開始の決定があったときでも、破産手続開始の時において有する債権の全額について破産手続に参加することができる。

(2項以下略)

 

 この条文から、受託者の固有財産が信託債権にとって責任財産になることを意味しております。

 

 あと、信託法76条も各自調べてみてください。(小出)

 

信託の基礎

今回は、信託法2条1項を確認します。

 

2条1項

この法律において「信託」とは、次条各号に掲げる方法のいずれかにより、特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。同条において同じ。)に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう

 

「財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき」義務を受託者が負う場合が信託であると規定してますから、信託において信託財産は必要不可欠な要素であることが前提となっています。

では、どのような物が信託財産となりうるのでしょうか。「信託法[第4版](新井誠/有斐閣)」(340~342頁)によると、以下の4つの条件を挙げています。

 

1.金銭への換算可能性

2.積極財産制

3.移転ないし処分の可能性

4.現存・特定性

 

1については、人格権や身分権が信託財産になりえないことの裏返しとして定義していると思います。

2は文字通りですが、問題は消極財産はどうなのか、です。通説は含みません。多くの書籍も含まないと記載されているのがほとんどでした。私が目を通した範囲で、「消極財産は信託財産に含まれる」と主張しているのは上記の書籍だけです。

この点、消極財産を信託財産に含めなくても、特に問題はないと私は考えます。

例えば、賃貸マンションを信託財産とした場合の敷金について検討します。賃借人が退去すれば、受託者は敷金を返還する必要があります。このとき、信託財産に消極財産である敷金が含まれているから返還はできないとなるわけではありません。賃貸マンションを信託財産とした際に登記を備えた結果、賃貸人たる地位に付随して受託者が敷金返還債務を承継すると考えれば、受託者が返還することに問題はなくなるはずです。このように、消極財産については、その必要性がないため信託財産としての適格性を認めることはないと考えます。

3は、委託者から受託者への移転等を考えれば当然です。3条にもしっかり規定されてます。

4は、先ほどの2条1項の「管理又は処分」云々から導かれますが、少し注意が必要です。なぜなら、将来債権や集合動産も信託財産になりうるからです。この点、「現存・特定性」から将来債権や集合動産が含まれるか、ついては以下のとおりです。

将来債権というのは、停止条件付債権あるいは期限付債権という点から、現存性について説明は可能です。

集合動産も「この倉庫内の・・・」ということであれば、特定性に問題がありません。

このように、「現存・特定性」という条件には解釈の幅が存在しますが、この条件がないと架空のものを信託財産として認めることになるため、必要な条件になります。(小出)

信託の基礎

次に、信託のポイントについて話します。

その前提として、信託の設定方法を簡単に説明します。図1をご覧ください。

図1

信託の設定には3通りの方法が規定されています。一つ目は、委託者と受託者が契約を締結する「信託契約」。二つ目は、委託者の遺言によって設定する「遺言信託」。三つ目は、委託者が受託者を兼ねる「自己信託」です。

最初に、信託は3人の登場人物で構成されると申し上げました。委託者・受託者・受益者です。しかし、この登場人物については、一人二役を兼ねることもできます。「自己信託」のように「委託者=受託者」や委託者が利益を享受する「委託者=受益者」(これを、「自益信託」と言います)という信託もできます。ただ、原則として「受託者=受益者」はできません。受託者は、「他人のため」つまり受益者のために信託財産を所有しているからで、「自分のため」に所有するのは信託ではないからです。

これを、財産管理の面から見ると「他人のため」の信託財産と「自分のため」の固有財産を取り分けておくことが信託において必要であるということが理解できると思います。

図2

このような取り分けを「信託財産の独立性」と呼びます。受託者のもとにある固有財産と信託財産の分別が機能すれば、信託を運営していくことができます。そのことは、「自己信託」が証明しています。「自己信託」とは、委託者が自分の財産の一部を「以後、この財産を信託財産として別扱いする」と宣言するものです。宣言することによって、自分の財産の中で信託財産と固有財産を取り分けるのです。このような取り分けは理論的に可能であると信託法は考えるから、委託者と受託者が同一人物である「自己信託」を認めているのです。

したがって、信託のポイントは「信託財産の独立性」ということになります。(小出)

 

信託の基礎

まず、信託とは何かについて話します。

信託とは、原則として3人の登場人物で構成されています(上図)。この3人の役割を説明すると、委託者は信託のために財産を出演します。その財産を受託者が管理・運用・処分をします。そして、受託者の管理・運用・処分によって得られた利益を受益者が享受します。これが、信託の基本形です。

ここで財産について確認します。委託者から受託者に託された財産を「信託財産」と言いますが、この信託財産の権利帰属主体、もう少し平たく申し上げると、信託財産の所有権は委託者から受託者に移ります。これが信託の大きな特徴です。

そうなると、信託を設定した時点で、受託者は2種類の財産を所有することになります(図2)。1つは、信託によって委託者から移転してきた信託財産、もう1つは、信託以前から自らが所有していた財産(これを「固有財産」といいます)です。

図2

では、受託者はこの2種類の財産について、どのように扱っていけばよいのでしょうか?固有財産については、所有者である受託者が自由にその所有物の使用、収益及び処分することができます(民206)。しかし、信託財産は違います。もともとは委託者が所有していた財産を何らかの目的で受託者に移転したわけです。この目的を、信託法では「信託の目的」と言います。つまり、受託者が信託財産を管理・運用・処分するのは、「信託の目的」を達成するためなのです。受託者は、「信託の目的」を達成するための「義務」を負って信託財産を所有しているのです。

以上のように、受託者は2種類の財産を所有していますが、その取り扱い方が全く異なります。「固有財産」は原則「自由」であるの対して、「信託財産」は「義務」を負うということです。(小出)

 

信託の基礎~予告②~

これから、「信託の基礎」を述べるにあたって、いくつかの断りを申し上げます。

まず、私が対象としているのは、地方の一般家庭が望んでいるであろう「家族信託」「民事信託」です。そのような観点から、信託法「第六章 信託の変更、併合及び分割」第八章 受益証券発行信託の特例」「第九章 限定責任信託の特例」「第十章 受益証券発行限定責任信託の特例」「第十一章 受益者の定めのない信託の特例」については一切触れません。

それから、信託法「第七章 信託の終了及び清算」は、実務的にも非常に重要な点だと認識していますが、私を含めた周りの専門家は信託の組成を経験していますが、信託の終了及び清算については未経験の方ばかりです。このような事情から、この点について説明を割愛することをご了承ください。

では、次回から私の考えを述べてみたいと思います。(小出)

 

信託の基礎~予告①~

司法書士になるために、司法書士試験を受験する必要があります(他の方法もあります)。この試験に合格し、所定の手続きにしたがって登録をすれば、司法書士になることができます。静岡県司法書士会では、司法書士試験の合格者に対して研修制度を用意してくれています。研修にはさまざまなプログラムがあり、実際に開業している先輩司法書士の現場を体験するための「配属研修」というものもあります。私も、その配属研修で6週間ほど先輩司法書士のもとで多くのことを学ばせてもらいました。中でも忘れられないのは、先輩司法書士からの次の言葉でした。

「小出さん、司法書士は言葉の重みが違います。だから、依頼者に対しては根拠をもって話してください。そして、その根拠となるものは、条文・判例・先例です。これらを正しく身につけてください。」

司法書士は、登記を基幹業務としております。開業したての頃は、初歩的な登記についても書籍を引っ張り出して申請書を作成していました。申請書の作成にあたっては、条文から調べ、膨大な先例から該当事項を探し出していたため、根拠をもって登記申請をすることができました。

今、世間では「家族信託」あるいは「民事信託」といった名称で、新しい財産管理方法を社会に提供している専門家が多くなっています。巷では、多くの実務書なるものが出版されたおかけで、この分野に参入してくる専門家の数も多くなっているだろうと推測されます。私もいくつかの実務書に目を通し、他の専門家と話す機会にも恵まれたため、信託に関する活動に携わることができました。その一つが、静岡県司法書士会に設置された民事信託グループ「叶」です。ここでの活動のおかげで、研修に講師として誘いを受けることもありました。

しかし、振り返ってみると、「家族信託」あるいは「民事信託」を提供している専門家が正しく信託を理解しているのか、不安を覚え始めました。と申しますのも、専門家の中には実務書なるものを片手に、掲載されている契約書を多少アレンジしているだけの方がいることを見聞することがあるからです。もちろん、依頼者にとって有効に活用されていれば問題ないのですが、信託は長期にわたる法律行為です。契約書の締結段階では問題が生じなかったことでも、年月を経れば、依頼者に予想もしない損害を与えかねない事象が発生する可能性がないとは限らないわけです。そして、その原因が専門家の浅い理解のもとに作成された契約書等であれば、これは忌々しき問題です。なぜなら、専門家に対する問題だけであれば懲戒処分や損害賠償等で対応できますが、信託そのものへの信頼が損なわれてしまうと、社会から信託を埋没させてしまうことにもなりかねません。これは市民社会にとって、大きなマイナスだと思います。

信託を正しく社会に普及させるためには、専門家が依頼者に対して根拠をもって提供する必要があります。しかし、登記と比較すると信託は先例や判例が僅少にとどまります。そうなると、主たる根拠は条文となります。

私は、自分が理解している信託の試論を条文を根拠に提供したいという思いにいたりました。未熟な司法書士ですので浅薄な論であることは承知しておりますが、さらなる信託の普及を志している方から、ご意見等、ご教授いただけたらと思う次第です。よろしくお願い申し上げます。(なお、次回はこの続きで、まだ本論に入りませんので、ご了承ください。)(小出)