「預貯金債権の仮払い」が請求できるのは、最大でも1口座に対して150万円であることは、前回ご説明しました。
「仮払い」を利用するケースの多くは、葬儀費用や相続債務の支払いなどのように、緊急性が高くかつ金額もさほど高額にはならない資金需要が想定されるため、150万円あればさほど困るようなケースは生じないのではないかと考えられます。
しかし、相続人間の遺産分割協議が何年間もまとまらないという事態に陥ってしまうと、仮払いを受けられる限度を超えた部分の預貯金はいつまでたっても出金ができず、多額の預貯金債権あるような場合でも活用できないというケースも想定できます。
親の遺産を子どもの進学費用に充てることを目論んでいたり、予期せぬ大病を患った影響で高額の治療代が必要になる、あるいは収入が激減して生活費に困窮するなど、突発的な資金需要が生じたりするケースもあるでしょう。
このような場合には、改正法によって新たに新設されたもうひとつの仮払い制度を利用することができます。
この仮払い制度を利用するためには、前提として家庭裁判所に遺産分割調停の申立てをする必要があります。そのうえで、調停の申立てとは別に「預貯金仮払いの保全処分」を求める申立書を家庭裁判所に提出しなければなりません。
この手続きは、改正民法の中に定められている手続きではなく、家事事件手続法という法律に新設される制度となります(同法200条3項)。
調停申立てと同時に保全処分の申立てをすることももちろん可能ですし、すでに調停が始まっている場合には、後から保全処分だけを追加で申し立てることもできます。
150万円までの簡易な仮払い制度とは違い、この保全処分が認められるためには、裁判官に対し、凍結されている被相続人名義の預貯金債権を相続人の生活費や相続債務の弁済のため利用しなければならない事情があることについて、客観的な資料を添えるなどしてできる限り明らかにしていく必要があります。
また、他の相続人の利益を害さないことも要件とされていますので、ご自身の法定相続分を超過することになるような仮払いは、原則として認められないことになるものと考えられます。
なお、前回までご説明した簡易な仮払い制度と異なり、遺産の一部分割とみなされる規定はありません。したがって、遺産分割調停(調停がまとまらなければ審判)において、保全処分によって仮払いを受けた預貯金分も含めた遺産分割が行われる点にもご注意ください。 (中里)